2024年6月末、フランス・パリに拠点を置き、企業向けカスタムAIアシスタントを提供する「Dust」が、VC等から約$16M(約25.7億円)の調達を行いました。
今回はこのスタートアップが提供するAIの詳細と、競合優位性、加えてセキュリティの側面から考えられることについて、silicon canalsの記事を参考に解説していきます。
より実用的なAIアシスタントの活用
2023年に設立され、「GenAIネイティブ」を謳うこの「Dust」は、今回がシリーズAの資金調達でした。このラウンドには、シードから継続して米国の最大手VCであるSequoia Capitalをはじめとする著名VCが出資しています。
設立からわずか2年足らずで、スタートアップの評価基準の一つにもなる年間経常収益(ARR)は100万ドルを超えており、すでに数百の顧客で継続的に導入されています。
そんな勢いのある「Dust」が提供するのが、企業の内部データやドキュメントに接続されたAIによる、特定の作業に特化して設計されたAIアシスタントのプラットフォームです。
ChatGPTのような消費者向けツールとは異なり、例えば「Dust」の環境で新しいアシスタントを構築すると、社内で利用されているNotionページやGoogle Drive内の情報、さらにはSlackと関連付けて、メンションすることで会話に招待することが可能です。
社内の開発に加えて、Anthropic*、Google、OpenAI、Mistral AI(2023年にMetaとGoogle DeepMind社員によって設立されたフランス発AIスタートアップ)などの主要モデルを活用する形で、採用担当者、エンジニア、営業チーム、営業チームなどのニーズに合わせた実用的なツールを提供しています。利用者は、アシスタントとして使用する大規模言語モデル(LLM)を選択することが可能です。
Anthropic*: 米国発AIスタートアップ。OpenAIの開発チームの一部が離脱し、創業される。特に「Claude」というモデルはあらゆる生成AIベンチマークでChatGPTを超える結果を出している。
さらに「Dust」の製品は導入後も高い利用率を誇ります。ユーザーのエンゲージメント率でみると、WAU対MAU(週次アクティブユーザー対月間アクティブユーザー)は70%程度であり、この数値はSlackのそれに匹敵します。
現在はレイターステージのテクノロジー関連企業(Watershed、Alan、Qonto、Pennylane、PayFit等)を中心として、様々な企業が「Dust」のプラットフォームを利用しています。
弱肉強食のAIアシスタント市場
以前の記事で紹介したAGIや、AIのモデル自体を開発しているわけではなく、あくまで「Dust」は既存の主要AIモデルを活用しているため、同様のプラットフォームを提供している企業との差異は、末端の部分に限られてきます。
実際にBrevianやTektonic、米大手ソフトウェア企業であるAtlassianが開発したRovo、さらには日本でも大学発のものが多く見られるAI開発受託スタートアップなど、競合とされる企業の数は枚挙に暇がありません。
ではそれらの企業と「Dust」のAIにはどのような競合優位性があるのでしょうか。
現時点での分析では目立った優位性はないと考えるのが妥当です。
ただしそれでも顧客を多く獲得できるのにはいくらかの理由があると考えられます。主な要因として考えられるのは以下の3つです。
・簡略化されたオンボーディング戦略
・需要>供給の市場環境でのリーチ能力
・役員の経歴
一つ目のオンボーディング戦略について、そもそもオンボーディング戦略とは、新しいユーザーや顧客が製品やサービスを効果的に利用開始するための手順やプロセスのことを意味しており、ここに力を入れていたことが要因として考えられます。
例えば世界各国で、キャッシュレス支払いサービスやライドシェア、動画・音楽ストリーミングサービスでの顧客の囲い込みがみられたように、AIエージェントをはじめとするこうしたサービスは導入後に切り替えられる可能性が低いため、まだ利用していない顧客を獲得することが戦略上重要になってきます。
そうした状況の中で、特定の作業、例えば営業チームや人事チームの作業に特化したAIであることをアピールし、その導入は日常的に使用するツールを用いながら実施できるというオンボーディング戦略が、短期間での顧客の獲得につながったと考えられます。
二つ目の需要>供給の状況も上記の内容に近いものがあり、2023年創業の企業が「GenAIネイティブ」と評価されたり、OpenAIのChatGPTが世界で話題になったりした状況の中で、いまだにカスタマイズされたAIプラットフォームを開発する企業の数よりも利用したいと考える企業の数が多い状況が続いていると考えられます。
しかしカスタムAIアシスタントを使用したいと考える企業からして、どの企業のサービスが優れているのかを判断することは容易ではありません。そこで関係してくるのは、上記のような他企業への導入実績に加えて、三つ目として挙げた役員や開発メンバーの経歴になります。共同創業者の一人であるStanislas Polu氏は、Appleでのインターン経験やOpenAIでAIエンジニアとして勤務した経験があり、顧客にとっては信頼できる要素の一つになるといえるでしょう。
セキュリティリスクを容認した先にあるAIアシスタント利用の拡大
「Dust」のセキュリティに関しては、そのリスクと知識のサイロ化(事業部ごとに業務プロセス等が孤立し、情報の連携ができない状態)の双方に対処しつつ、コストを抑えながら統合されたプラットフォームを提供していると説明されています。
しかしながら、サービスの大元の部分であるChatGPT(OpenAI)やGemini(Google)等のセキュリティリスクが解消されたわけではありません。世界全体で見るとそのセキュリティ上の問題や企業の評判を懸念して、約75%の企業が業務でのChatGPT等のAI利用を禁止しており、その割合はさらに高まると予想されています。
参考:75% of Organizations Worldwide Set to Ban ChatGPT and Generative AI Apps on Work Devices
「Dust」のサービスはそれらの主要モデルを利用している以上、たとえ「Dust」のクラウド上の情報セキュリティが強固なものであったとしても、このセキュリティリスクは完全には排除できません。
一方で生成AIの利用を禁止している企業の中でも、社員が私用のスマホ等でそれらを利用するケースが散見されます。
近年「BTOAI(Bring Your Own AI)」という概念が広まってきており、一定のルールを設けて会社内での生成AI利用を許可しようという動きも出てきています。
そうした中で、主要モデルを用いつつも、その利用を管理下に置くことができる「Dust」のようなカスタムAIアシスタントサービスは、企業にとって極めて優れた選択肢になるかもしれません。
参考記事:Paris-based custom AI assistants platform Dust secures €14.9M from Sequoia, Seedcamp, others
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投稿者:近藤 碧
京都大学経済学部経済経営学科在学(-2025.3)。ゼミではスタートアップの経営戦略に関するリサーチ・研究に取り組んでいる。2023年9月より、京都大学大学間学生交流協定に基づく交換留学生としてKoç Universityに派遣され、半年間トルコのイスタンブールに滞在した。2022年よりRouteXでインターンシップを開始し、業界リサーチから海外スタートアップの日本進出支援まで幅広い案件を担当。趣味は愛車のバイク(S1000RR ‘21)に乗ることであり、他大学のバイク部にも加入している。
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