はじめに
スタートアップ業界に携わっている方々は、日本のスタートアップ発展においてフランスが非常に重要な役割を果たしていることを既に認識しているかと思います。
本レポートでは、日仏間の経済関係を基点として、フランス企業が日本に進出する理由を事例を交えながら紹介します。
日仏経済関係のはじまり
実は、日本とフランスは両国間の経済友好関係が始まってから今年で166年目を迎えます。
この経済的な友好関係の基礎は、1858年の日仏修好通商条約の締結によって築かれました。
この条約の締結により、日仏間の正式な外交関係が樹立され、国家間の交流が始まったほか、特定の商品や産業に関する特権的な取り決めが設けられ、相互の市場へのアクセスが容易になりました。
さらに、この日仏間の協力関係を加速させる一つのきっかけとなったのが、1996年に採択された行動計画「21世紀に向けての日仏協力の20の措置」です。
当時のフランス大統領ジャック・シラクと日本の首相橋本龍太郎によって署名されました。
この措置の特徴は主に以下の3つです。
- アジアとヨーロッパの関係を強化するために、日本とフランスが足並みを揃えて行動するという共同声明を発表したこと
- 日仏関係が二国間交流のあり方の模範となることで、世界をリードする役割を担っているということ
- 新たな国際秩序を構築するために、共同で20の具体的なアクションを実施すること
両国の代表が共同声明を発表したこともあり、トップダウンの計画が実施され、日仏対話フォーラムの設置や人材交流の拡大、科学技術分野での関係深化など、具体的なアクションが多数盛り込まれました。
さらに、1993年には日仏企業間の大規模なパートナーシップであるルノーと日産のアライアンスが結成され、2005年には両国の代表が日仏新パートナーシップ宣言を行い、日仏修好通商条約を基にさらなる経済発展を進める方針が定められました。
日仏スタートアップ関係
そうした政府間の取り決めが追い風となり、日仏間の経済交流は2000年代以降急速に発展していきます。
2013年にはフランス政府が主導するデジタル技術とイノベーションを促進するプログラム「La French Tech」が始動しましたが、ニューヨーク、テルアビブに続いて、3番目の海外拠点として東京が選ばれています。現在、La French Techの海外拠点は合計67ヶ所にまで増えています。
一方、日本はスタートアップとしての活動が少し遅れているものの、2022年11月に東京都は「Tokyo Innovation Base」の構想を発表しました。これはフランスのSTATION Fをベンチマークにして、スタートアップの成長を加速させるために始めた取り組みになります。
なぜ日本を選ぶのか
日仏間の経済交流が増えてきた今、なぜフランスのスタートアップが地理的にも文化的にも遠く離れた日本を拠点として選ぶのでしょうか。
理由は大きく分けて3つあると思っています。
①消費者市場が大きい
一つ目の理由は消費者市場の大きさです。2023年1月時点でフランスの人口は約6,800万人ですが、同年11月時点の日本の人口は約1億2,400万人となっており、これにより約2倍の消費者市場へアクセス可能となります。
一方で、日本は独特な文化や経済圏を持ち、外国企業にとって攻略が難しい市場とされています。しかし、前述の通り日仏間の経済交流の歴史が長いことから、日本市場への理解が深まっています。特にマーケティングに優れているフランスのファッション業界にとっては、参入障壁が高いとされる日本市場も、他国に比べると比較的攻略しやすいかもしれません。
②規制、政治的リスクが少ない
二つ目は規制・政治的リスクの少なさです。民主主義国家では一般的に規制が明確であり、政府の透明性も高いことが多いです。これにより、政治的にも安定しているため、アジアの他の周辺国と比較して、比較的規制・政治的リスクが低いと言えます。さらに、政策の予測可能性が高いため、ビジネス環境が安定し、外国投資家や企業にとって魅力的な投資先となる可能性があります。
また、国際社会では米国・EUと足並みを揃えることが多く、国際社会からの信頼性が高いです。この一貫性と協調性は、外交政策における予測可能性を高め、国際的なパートナーシップや取引においても信頼を確保しています。その結果、国際的な合意や条約への積極的な参加を通じて、グローバルな課題に対する共同の対応を形成する上で重要な役割を果たしています。
③太平洋地域またはアジア市場のハブ
最後の理由は、アジア市場の開拓とその基盤を築くことができる点です。日本は高度な教育水準により豊富な人的資源を持っており、優れた人材の確保によってアジア市場への進出を効果的に進めることができます。さらに、経済的にも安定しており、地理的にも太平洋の中心に位置するため、ハブ都市としての機能を果たすことが可能です。
これらの理由が相互に関連しており、フランス企業が日本市場に進出する際の後押しとなっていると考えられます。
日本に進出しているスタートアップ紹介
それでは、最後に日本に進出しているスタートアップをいくつか紹介します。
EXOTEC
EXOTECは2015年にフランスのリールで設立された企業で、フランスのユニコーン企業の一つです。当社は、あらゆる業界の小売物流で注文準備を可能にするSkypodシステムを設計および製造しています。
Skypodシステムは、ラックから専用ケースを3次元的に取り出し、ピッキングステーションにいる作業者へ搬送するシステムです。最大高さ12メートルまで拡張可能な専用ラックと搬送ロボット、さらにピッキングステーションやコンベヤなどの周辺設備から構成されています。オーダーが入ると、ロボットがラック内を水平および垂直に移動し、注文に応じたケースをラック外のステーションまで自動で搬送し、ピッキングされたオーダー品はコンベヤで出荷場へと搬送されます。これらのシステムはすべてEXOTECの自社で製造されているものですが、これらを通じて得たデータを基に、設備構成のコンサルティングも提供しています。
また、EXOTECは、本社のリール(フランス)の他に、アトランタ(アメリカ)、ミュンヘン(ドイツ)、ソウル(韓国)、東京(日本)などにも拠点を設けています。東京オフィスは、アジアのクライアントへのサポートを強化するためのハブとして、2019年に初の海外拠点として設立されました。少子高齢化による労働人口の減少や、eコマースの拡大といった背景の中、日本市場に進出して以来、柔軟な適応力を活かしてビジネスを拡大しています。
2020年にはUNIQLOで知られているファーストリテイリング社、2022年にはヨドバシカメラともパートナーシップを締結し、複数倉庫にSkypodシステムを導入しています。
Dental Monitoring
Dental Monitoringは、2014年にフランスのパリで設立された企業で、歯科治療と矯正治療のためのAIベースの遠隔モニタリングソリューションを提供しています。
また、歯科専門家が患者の歯の状態を評価し、監視するためのアプリケーションやクラウドベースの分析プラットフォームも開発しており、実際の診療所だけでなく、リモートでの診断とモニタリングも可能です。
デンタルモニタリングのプラットフォームは、患者がスマートフォンで撮影した画像を使用して、130種類以上の口腔内イベントを分析、検出、報告することができる独自のAI技術によって支えられています。このテクノロジーにより、バーチャルな環境での診察、非常にリアルなシミュレーション、そしてリモートでの治療モニタリングが可能となり、歯科医療業界における実践の効率化と患者エンゲージメントの向上を図っています。
当社は、ロンドン(イギリス)やシドニー(オーストラリア)、オースティン(アメリカ)など、複数の海外拠点を有していますが、アジアでは香港と東京の2拠点を展開しています。
東京支店は、香港に続く次なるアジアの拠点として選ばれ、2022年に開設されました。日本進出を果たすと同時に、同年、日本の歯科事業者として初めてBrace社とパートナーシップ契約を結んでいます。
日本を拠点として選んだ理由は、デジタル改革が十分に進んでいない成熟したマーケットが多いことが考えられます。また、AI技術をはじめとする先端技術の開発が進んでいることから、イノベーションへの順応が可能であると考え、日本をAIベースの歯列矯正ソリューションの展開先として選定したのだと考えます。
Back Market
Back Marketは、2014年にフランスのパリで設立されたセカンドハンドのオンラインマーケットを提供する会社です。メルカリやラクマなどのフリマサービスと異なる点は、Back Marketが主に中古の電子製品を売買するプラットフォームであること、そしてC to CではなくB to Cがメインであることです。
また、中古電子製品といっても、全てプロの手によって整備されたリファービッシュ品であり、独自の審査プロセスを通過した業者のみが販売できるプラットフォームとなっています。
Back Marketが日本に上陸した理由は主に日本の中古市場へのアクセスです。
日本は1億2千万人強の消費者を抱えており、かつスマートフォン保有比率は77.3%(2022年)という研究もあります。
また、日本は、グローバル平均とは逆行し、比較的安価な製品も含まれるAndroidより高価格帯スマートフォンであるiPhoneの方が普及している国であり、電子機器の中古市場の規模を押し上げる要因の一つとなっています。さらに、2021年のSIMロック原則禁止という外部要因も追い風となり、消費者が中古のスマートフォンを買いやすい土壌が整っているというのが日本市場に進出した理由の一つと言えることができます。
さいごに
いかがでしたでしょうか。本レポートでは、日仏関係の始まりから、なぜ日本の市場が欧州にとって魅力的であるのかを様々な観点からご紹介しました。
一方で、欧州と日本の間には、文化や言語、地理的な壁が依然として存在し、双方が十分にコミュニケーションを取れているとは言えません。
特に、日本から欧州の情報を得ようとする場合、困難なケースが多く、日系企業が欧州に情報を取りに行こうと駐在員を派遣しても、現地で一からネットワークを作らなければならず、人的・時間的リソースが不足することや、欲しい情報がどのネットワークに存在するのか把握するのが難しいことが多々あります。
そのため、RouteXでは欧州企業への日本市場の普及と、日本企業への業界・テクノロジートレンドおよび欧州企業の紹介を両輪で行うことで、少しでも日欧間のビジネスの壁を低くしようとしています。
もし、特定のニーズやご要望がある場合は、現地で既にネットワークを広げているRouteXにぜひご連絡ください!
投稿者:Sangmoon Kim
RSM清和監査法人およびデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社での経験を経て、RouteXに参画。米国公認会計士として、財務面からのコンサルティングに一貫して取り組む一方、事業計画策定や財務モデリングにも強みを持つ。イスラエルのスタートアップとのプロジェクトを契機に、スタートアップやスタートアップ・エコシステムへの関心を深め、RouteXではトレンドリサーチや新規事業創出など、幅広い業務を担当。
今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteXは、
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