はじめに
皆さんはFemTechという言葉を知っているだろうか?
FemTechとはFemale Technology(女性向けテクノロジー)の略であり、2016年になって初めて社会に出てきた、女性の身体的・精神的な健康を向上させるために開発されてきているビジネスセクターの呼称となっている。
FemTech市場
Global Market insightsによると2022年時点での業界の市場評価は$30Bで、2032年までに$135Bにも上ると評価されている。また、Pitchbookによると2021年に初めて$2B超え、2022年には様々な要因から取引件数と取引額が減少したが、2023年は最初の数週間で米国カリフォルニア州に本社を置くShe Beverage Companyが$54MでUrban Television Network社によって買収、また、ニューヨーク州に本社を置くExpectful社は金額非公開でBabylist社に買収されるなどM&Aが非常に活発に行われている。FemTechが世界全体で注目を集めている分野となっていることが伺えるだろう。
また、皆さんはFemTech=女性向けテクノロジーと聞いてどのようなビジネスを想像するだろうか? FemTechと一概に言っても多岐に渡るセグメントの集合となっており、FemTech Analyticsのレポート(ここでは公開されているTeaser資料を参照する)にて以下の10個のサブセクターに分類されている。
- General health and wellness (一般的ヘルスケアとウェルネス)
- Sexual Health (性の健康)
- Menstrual Health (月経の健康)
- Reproductive health and Contraception (リプロダクティブ・ヘルスと避妊)
- Pregnancy and Nurcing (妊娠と看護)
- Pelvic and Uterine Healthcare (骨盤と子宮のヘルスケア)
- Mental Health (メンタルヘルス)
- Menopause Care (更年期ケア)
- Longevity (長寿)
- Woman Wellness (ウーマンウェルネス)
この内容から、一重にFemTechといえど、かなり多角的で多種多様なサービスやビジネスの可能性があることが推測できる。
FemTechのこれまで
女性の女性としてのニーズはこれまで、疑いようもなく、ヒトの歴史と同じ時間だけ人間社会に存在していたが、何故今になって投資や起業の活発化が進んできたのであろうか? 先ほど紹介したPitchbookにて興味深い文脈があったため、ここで紹介したい。
(原文)The reticence male VCs have shown by under-investing in femtech startups is likely related to and reinforced by cultural taboos around women’s bodies. Menstrual products weren’t allowed to be advertised on American television until 1972, and the US—and other countries—have a long history of failing to embrace menstruation as a reality of life.
Though cultural standards around gender have evolved, some men may still prefer not to discuss topics related to menstruation, UTIs, pregnancy, childbirth, or menopause. And because 95.5% of US VC firms have a majority male population of decision-makers—including 83.9% of all US GPs, according to PitchBook’s 2022 All In report—avoiding these topics has been the norm in boardrooms as well. Thus, a huge market opportunity has been under-funded for years, and the needs of those who could have benefited from these products and services have largely gone unmet.
(訳) 男性のベンチャーキャピタリスト(VC)が女性向けテクノロジーのスタートアップに対して過少な投資を行ってきたのは、女性の身体に関する文化的なタブーの考え方によって引き起こされてきた可能性が高いといえます。1972年まで生理用品はアメリカのテレビで広告が許可されなかったし、アメリカを含む他の国々も、生理現象を生活の一部として受け入れることに長い歴史的な課題を抱えてきました。
性別に関する文化的な基準は進化してきたものの、一部の男性は依然として生理、尿路感染症、妊娠、出産、更年期に関連する話題を避けるでしょう。そして、PitchBookの2022年のレポート「All In」によれば、95.5%のアメリカのVC企業と83.9%の全アメリカGP(一般開業医)が主に男性の意思決定者で構成されていることから、これらの話題を回避することが取締役会においても一般的な慣行となっています。そのため、長年にわたり巨大な市場可能性が過少に資金提供され、これらの製品やサービスを利用できるはずだった人々のニーズは大部分が未だに満たされていません。
Pitchbook: What is femtech? By Kelly Knickerbocker
これらの記事から、FemTechが現在拡大を始めているのはタブーを払拭し、「女性の健康」に特化したビジネスを展開する女性起業家の数が増加したことが発端と考えられる。そして、VC組織への女性の進出とテクノロジーの普及による「女性の健康」に関するニーズの拡大や市場の成長が投資家の関心を引き、FemTech市場が活発になっていったのだろう。今後も、女性起業家の増加や「女性の健康」に関する意識の高まりが、「女性の健康」やウェルビーイングをサポートする革新的なソリューションを生み出し、さらなる成長が期待される。
地域ごとに見るFemTech
FemTech企業の多くはアメリカ企業が中心となっており、先ほど紹介したFemTech Analyticsのレポートからも、世界に対する企業数の比率では北米が47.8%となっている。
これは単純に、アメリカにはベンチャーキャピタル(VC)が多く存在することから、比較的新しい市場であるFemTechの企業でも、資金調達の機会が多く得られることが理由だと考えられる。
しかしその中でも、欧州は2位26.4%となっており、3位のアジアやそれ以下の国々と大きく離れていることから、欧州でも活発となってきている事が見受けられるだろう。
上スライド右手、2位がUKとなっており、弊社が拠点を置くフランス国内では依然としてFemTech企業の数は世界規模で見るとまだまだ伸び代があるといえるだろう。フランスFemTechの課題について、興味がある人はSpeedinvestのこちらの記事も是非読んでもらいたい。
FemTech VC
FemTechを専門とするVCは2013年創業のPortfolia Femtech Fundをはじめ、2010年代後半から多く見られるようになってきた。
その中でも米国は長い間、FemTechの先進国として認知されている。多くの成功したFemTech企業がアメリカを拠点にしており、VCの多くも依然として米国に拠点がある。しかし、近年の動向を見ると、欧州におけるFemTechへの関心が高まってきており、The Case for HerやGoddess Gaia Venturesなど、資金力のあるファンドが欧州の各地で、欧州に限らず世界全体で投資を行っている。特に2020年以降の創業・投資の動向は2010年前半とみるとくらべものにならない程拡大している。
現在、欧州のFemTechは米国の半分程度であるが、業界への投資がアメリカから欧州へと拡大することで、より多様なアイデアや視点が生まれ、様々なソリューションが普及していくことが期待される。
以下に、FemTech業界を専門、またはそれに準ずるVCのリストを作成したため、是非参考いただきたい。
欧州のFemTech企業
上述したように、欧州では現在FemTech企業が大きく注目を集め始めており、多数のスタートアップが生まれている。 2021年にはMaven ClinicがFemTechで初のユニコーンとなった。まだ伸び代の大きいFemTech市場で、注目しておくべき欧州のスタートアップを3社ご紹介して終わりにしたい。
Clue
Clueは2012年に創業されたドイツ・ベルリンに本社を置く企業。スウェーデンのVC、The Case for Herから出資を受けている。
今ではスタンダードとなった「FemTech」という用語は、Clueの共同設立者であるIda Tin氏によって2016年に初めて提唱された。同社は女性が自身の生理周期、排卵予測、PMS(月経前症候群)などを追跡・管理し、更に生理に関する情報を提供するアプリケーションを提供しており、1,100万人もの月間アクティブユーザ・450万人もの読者を抱えている企業である。
同社の理念として、「月経周期を持つすべての人々に対して、信頼性のある情報、データに基づいたツール、そして感情的なサポートを提供し、最初の生理から最後の生理まで、共感的で科学的なパートナーとしてそばにいる存在となること」を掲げており、女性が自身の身体と健康について正確な知識を持ち、自己管理を行うことをサポートしている。そのため、医療専門家と協力し、科学的な研究に基づく情報提供を行い、ユーザのみならず、広いオーディエンスに対して「女性の健康」に関しての教育と意識向上に努めている。
事実、同社のWebサイトには以下の通り「Encyclopedia」という欄があり、月経に関して幅広いトピックの記事を掲載している。残念ながらサービスの言語に日本語は含まれていないが、提供されている5言語(英語、フランス語、ドイツ語、スペイン語、ポルトガル語)若しくはブラウザの翻訳機能等を使用して是非閲覧してみてほしい。
同社は2023年4月に$7Mを調達。調達した資金は、Clueのサービス拡大、製品ポートフォリオの拡充、ジェンダーデータのギャップを埋めるための研究活動を継続するために使用するとしており、より多くの人々がClueのサービスを利用し、自身の健康と家族計画に関する意思決定の足掛けとすることが期待される。
Syrona Health
Syrona Healthは2017年にイギリス・ロンドンで創業された企業。同社は、子宮内膜症(Wikipidia)や多嚢胞性卵巣症候群(PCOS, Wikipidia])等の多くの女性が経験する症状をトラッキングし、セラピスト・栄養士からアドバイスを貰う事のできるアプリを提供している。またイギリス国内であればアプリ内で処方箋の提供や、自宅で子宮内膜症等の病気・閉経等を自分で確認できる検査キット、生理などの痛みを緩和するCBDパッチ等を販売している。
特に注目したいのは、子宮内膜症検査キットである。現在、子宮内膜症の主な確認方法は腹腔鏡手術となっており、女性の体に大きな負担をかけるものとなっている。、他には臨床診断として問診や内診、超音波検査、MRIなどがあるが、手間やコストを鑑みるとアクセスしやすいものとは言えない。同社の独自開発した検査キット(キットの詳細についてこちらからダウンンロード)は、女性なら誰でも罹患する可能性がある子宮内膜症の検査のハードルを下げ、今まで検査を受けておらず症状に苦しむ患者の減少に貢献しており、まさに革命的な商品である。
ドイツの大手ライフサイエンス企業Merckのアクセラレタープログラムで子宮内膜症検査キットについて語る共同創業者のChantelle Bell氏。5年前のインタビュー時点では検査キットは開発中となっているようだ。
10人に1人の女性が子宮内膜症に罹るといわれていて、また6人に1人が仕事を諦めたり、27%の女性が子宮内膜症が社内での昇格の足枷になったと話す。
同社のマネタイズ方法として、サービスを企業に対する福利厚生として提供するという点があげられる。MedTech業界では多く見られるが、BtoCの業態が多いFemTech企業ではユニークな点だ。
健康診断が義務化している日本ではあまり馴染みがないが、多くの国で医療へのアクセスは自己責任となっている。Syrona Healthが拠点を置くイギリスでは、医療費は基本的には無料であるが、緊急でない限り診察の予約が取れなかったり、高いサービスを受けるため私立病院や個人病院に係った場合に多額の費用が発生する等の問題がある。そのため、労働者側からすると会社の福利厚生として健康に関するサービスが用意されているのは非常に魅力的だろう。また、会社としても労働者が健康であることは労働生産性の向上に直結する。Syrona Healthのマネタイズはこの雇用者と被雇用者のニーズにうまくマッチしているといえるだろう。
残念ながら現在日本でのサービス展開は行っておらず、アプリのダウンロードもできないようだが、今後のサービス展開に期待したい。
Liberare
Liberareはフランスのパリを拠点とする、障害や痛み等の理由から下着を着ることに不自由のある女性向けの下着を提供する会社。2019年に創業され、Crunchbaseのデータを見ると現在までにイギリスのVC Venrexをはじめ、エンジェル投資家などから合計$2.1Mの資金提供を受けている。
同社は女性が自身の身体に対して前向きでかつ自信を持つことを促進することを課題としており、その中で寝たきりであったり、ワイヤー等の入っている女性用下着の着脱の際に痛みを感じ利用に不自由のある人に着目し、4年の歳月をかけて開発をしている。
CEOであるEmma Butler氏がこのようなブラジャーの研究を始めたきっかけは、慢性疼痛の母親ががブラジャーの後ろにあるホックを留めるのがいかに困難かに気づいたことであるという。彼女は高校卒業後ブラウン大学に進学しデザインを専攻、NYで10年以上下着のデザインの経験のあるMaddie Highland氏と協力し、同社の下着デザインを開発してきた。
同社のデザインやストーリーは2022年の8月にBritish Vogueの記事などでも紹介されており、多くの注目を集めている。
Liberareの公式サイトやAmerican Eagle Aerieのサイトから購入が可能になっている。公式サイトでは日本への発送も行っているので、ぜひ気になる方は購入してみてほしい。
さいごに
FemTech業界は技術の進歩により、メンタルヘルス、妊娠・出産、更年期など、女性のさまざまな健康上のニーズに対応する製品やサービスが日々開発されている。女性起業家の増加や投資家の関心の高まりも、FemTechの成長を後押ししているが、依然としてFemTechはまだ成長途上の分野であり、さまざまな課題に直面している。性別に関する偏見や文化的なタブー、FemTechに注視するVCの数などから資金調達の難しさなどが成長を妨げる要因となっているが、これらの課題にも対処しながら、FemTechはますます重要な役割を果たすことが期待される。
また、現状米国が中心となっているFemTech業界であるが、今回紹介したスタートアップの他にも欧州のFemTechでは様々なユニークなスタートアップが誕生しており、今後更に女性の健康への投資が増加することであろう。
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