※本記事は後編となっています。前編を読んでいただくことで、より理解を深めていただけます
コロナ禍が落ち着いた現在、大学生の中では短期留学という形で英語を学びに行くことが選択肢の一つとして一般化してきています。特にセブやマルタ、バンクーバーなどの都市に滞在する学生は多く、数週間~数か月という期間で現地の語学学校に通いながら英語の能力を向上させています。
一方で筆者が昨年英国の一都市であるケンブリッジで参加したプログラムは、期間こそ2週間程度で一般的な短期留学と近いものの、英語でアントレプレナーシップ(起業家精神)を学ぶという点で、短期留学とは似て非なるものでした。長い歴史を持ち、スタートアップの集積地としても注目が集まるケンブリッジという街で、英語を学ぶこと以外に様々な知見を得られるのが、今回紹介したいプログラムの大きな特徴でもあります。
本記事では、先日投稿した記事の後編として、プログラムの紹介に限らず、ケンブリッジ発の大企業の紹介も行います。
前編と併せて読んでいただくと、ケンブリッジという街自体についてや、エコシステムの全体感を掴むことができます。国外のスタートアップ・エコシステムに関して知見を深めたい方や、プログラムに関心のある学生など、幅広い方を対象とした内容となっています。
ケンブリッジ発の有名企業
ケンブリッジでは特にテクノロジー関連のスタートアップが多く生まれており、その要因として、大学自体が研究機関として長けていることや前編で紹介したようにスタートアップを支援するインキュベーター/アクセラレーターといった施設が古くから多く存在していることなどが挙げられます。
幅広い業界・分野でケンブリッジ発の著名な企業は多く存在していますが、今回はファブレス*半導体事業が主力であるARM社と、CSR社(現 Qualcomm Technologies International)の2社を取り上げます。
*自社で生産設備を持たずに、ライセンスを供与する形で委託製造するビジネスモデル
ARM(アーム) ―ソフトバンクG傘下のファブレス半導体企業―
「ARM」という社名を聞くと、ソフトバンクグループを連想する方も多いかと思います。ご存知の通り、ARM社は2016年にソフトバンクGによって高いプレミアムで買収され、その後2023年に米ナスダック市場で一部がIPOされています。
現在のナスダックでの株価を踏まえたARM社の時価総額は約$130B(約20兆円)にもなりますが、誕生したのは1990年になってからです。
事業自体の起源は1978年までさかのぼることができますが、正式に合弁会社として設立されたのは1990年の11月でした。ARMという社名は、Advanced RISC Machines Ltd. という正式名称の頭文字から取られたものであり、Acorn Computers、Apple Computer(現Apple Inc.)、および VLSI Technology(現NXP Semiconductors NV)の合弁事業が形になったものでした。
現在では英ケンブリッジ郊外に巨大な本社を構えるARM社ですが、設立当初はケンブリッジから8マイル離れた村の七面鳥農場の納屋にありました。当時でも米国の大手チップ企業が存在していましたが、スティーブ・ジョブズ率いるApple Inc. の支援により、世界中のほぼ全ての大手チップメーカーと提携することになります。
ARM社の存在はケンブリッジ発の他のスタートアップにも多大な影響を与えており、このケンブリッジ一帯のエコシステムの発展に貢献してきました。このエコシステムのことを、米国のシリコンバレーに準えて「シリコンフェン」と呼ぶこともあります。
参考:FINANCIAL TIMES “The Everything Blueprint — how British chip company Arm became a global powerhouse”
ARM社は依然としてCPU(中央処理装置)の設計において強いプレゼンスを有しており、インテル社やフリースケール社といった有名なプロセッサ製造企業に対してライセンスを供与することで、ライセンスフィーを得ています。
世界21ヵ国に拠点があり、上場している市場は米国ですが、ARM社は一貫してケンブリッジに本社を置き続けています。ケンブリッジ大学のパートナーとして協力関係にあり、学術的な側面からテクノロジー関連の技術的な側面まで、あらゆる部分で連携を図っています。
参考:University of Cambridge “Partner: Arm”
CSR ―クアルコム傘下のBluetoothの祖―
CSR(Cambridge Silicon Radio)社もARM社と同様、半導体関連のファブレス企業であり、同社はCambridge Consultants社(1960年設立、現在は仏系コンサルティングファームの子会社であるCapgemini Inventの一部)の一部として、1998年に設立されました。1999年にはCambridge Consultants社から独立し、2014年にQualcomm社によって25億ドルで買収されるまで、ケンブリッジに拠点を置くファブレス半導体企業として存在していました。
CSR社は買収までケンブリッジで成長した企業であり、IoE(Internet of Everything(あらゆるすべてのインターネット))関係や自動車関係の半導体とソフトウェアに強みを有しており、一時期はBluetoothチップ市場で世界シェア50%を誇るほどでした。
創業者3人の出身大学はケンブリッジではありませんが、Cambridge Consultants社との関連からケンブリッジに本社を構え、「シリコンフェン」の一角を担っていました。
買収以前は30近いオフィスが日本を含め、世界中に存在しており、そのうち5つがケンブリッジにおかれていました。前編で触れた「St. John’s Innovation Centre」と「Cambridge Science Park」にも拠点があり、多くのスタートアップを支援しつつ、優秀な人材を集めて研究開発を行い、ケンブリッジのスタートアップ・エコシステムの発展に貢献してきました。
参考:JOTRIN “CSR – Cambridge Silicon Radio (Qualcomm)”
少人数の短期プログラム ―Blue Bridge Education―
ここからは、世界の学生に向けて、ケンブリッジで提供されているプログラムを紹介します。プログラムの主な提供者は「Blue Bridge Education」という企業(組織)です。
この企業は2010年に設立された比較的新しい組織ではありますが、ケンブリッジ大学とオックスフォード大学に深いつながりがあり、物的資本から人的資本にいたるまで、多様なリソースを有しています。
特にケンブリッジ大学を中心としたキャンパス内またはオンラインで、同大学の学者や教授が講義を担当する短期コースを提供しています。筆者が参加した後述するプログラムでも、ケンブリッジ大学のビジネススクール「Cambridge Judge Business School」の教授による講義やケンブリッジ在学中の起業家による講演、ケンブリッジ大学に通う学生によるサポートなど、多様なケンブリッジ大学の関係者が携わっていました。
短期コースでは、少人数のグループワーク、セミナー、講義に加えてロンドン市内のツアーなども実施されます。コースの内容はアントレプレナーシップだけではなく、サイエンス系や、AI、英語での文化理解、グローバルリーダーシップの育成、音楽関係のものなど様々です。
またコースの対象は大学生だけではなく、年齢と教育ステージに応じて提供されており、期間もコースによって異なっています。期間については2週間のものが一般的で、ケンブリッジ大学の春学期や秋学期が終わった直後の2月下旬や7月下旬に多く開催されています。
ケンブリッジ大学で過ごす2週間のプログラム「Cambridge Entrepreneurship Bootcamp」
ここからは、筆者が実際に参加したコースの内容を紹介します。参加したのは「Cambridge Entrepreneurship Bootcamp」というコースで、2023年の7月30日から8月12日にかけて開催されていました。
参加費用は年ごとに異なりますが、食事・宿泊込みで£3,950~4,950となっています。
特にこのプログラムはBlue Bridge Educationの下で、CUTEC (Cambridge University Technology & Enterprise Club)が主催したプログラムであり、昨年はケンブリッジ大学内のSelwyn College内で開催されました。
参加した学生は10人強で、日本人は自分を含めて3人でした。中国から来た学生が最も多く、アジア出身の学生が多かったものの、東欧から参加している学生もおり、昨年度に限らず例年多様な国から学生が参加しているようです。求められる英語のレベルは中上級以上(Upper-Intermediate and above)と記載がありましたが、B1-2レベルがあれば十分に参加可能だと感じました。
グループワークを中心に他国の学生とアントレプレナーシップを学ぶ
講義はグループワークの形態が中心であり、プログラムの前半で3-4人のチームに分かれて、最終日にあるビジネスアイデアのプレゼンテーションに向けて動くという形を取っています。
プレゼンテーションまでの期間は、その発表に向けたtipsとなるようなフレームワークの紹介やケーススタディなどを学ぶ時間として充てられており、ただ受動的に学ぶだけでなく、チームメンバーとのディスカッションを通じて、考えを深める機会が多く設けられていました。
特に思考法などに関わる講義については、現役のコンサルタントに何日も教室に来ていただき、ディスカッションをしながら進めていけるという貴重な機会が提供されていました。
また講義やグループワークの時間以外はケンブリッジ大学の学生や卒業した学生で、起業した人の話を聞く時間も設けられており、質問をぶつけたり、ビジネスアイデアに関するアドバイスをもらったりすることが可能です。
英国の文化に触れる多様な機会
最後に、講義やグループワーク以外の部分の紹介をしたいと思います。具体的には、寮、食事、外出の3項目です。
まず寮について、プログラムに参加した学生は、基本的に各カレッジの寮に宿泊することになります。開講期間中はフルタイムの学生が利用している寮であるため、部屋の広さや設備も充実しています。
一人一部屋用意されており、講義が行われるカレッジとも徒歩で移動可能な距離にあります。またケンブリッジの市街までの徒歩圏内であるため、散策も容易です。
次に食事についてです。プログラムの費用の中に食事の料金も含まれているため、基本的には朝昼夕の3食ともカレッジ内で食べることができます。
ケンブリッジ市街には夜まで営業しているスーパーもあるため、自分で購入して食べることも可能です。
最後に外出についてです。講義の日は朝から晩まで教室に滞在することになる一方で、外出の日数も5日程度確保されており、ケンブリッジ大学内をめぐるツアーから、ガイド付きでロンドン市内を散策するものまで様々です。今回はその一部を紹介します。
まず最初は、オックスフォード大学のキャンパス散策です。先述した通り、Blue Bridge Educationはケンブリッジ大学だけではなくオックスフォード大学とも深い関係にあるため、現地に詳しいガイドとともに多くのカレッジの概要や歴史を知ることができました。
続いてケンブリッジ大学内をめぐるツアーについてです。大学内にある「King’s College Chapel」という礼拝堂の中に入ったり、ケム川というケンブリッジ大学内を流れる川を舟に乗って「パンティング」したりと、じっくり時間をかけて大学内を見ることができます。特に第二次世界大戦中にドイツ軍が用いていた暗号「エニグマ」を解読したものの、その後同性愛者であることを理由に有罪とされ、自死を選んだ数学者「アラン・チューリング」の部屋を、パンティングの最中に見ることができます。
最後に、ロンドン市内の散策です。バスに乗って有名なビッグベンの近くまで行き、そこから徒歩でのツアーが行われました。街を見る以外にも大英博物館内を見学したり、オペラハウス内に入ったりと、ロンドンという街をじっくりと楽しむことができました。
おわりに
いかがでしたでしょうか。前編ではケンブリッジのインキュベーター/アクセラレーターを軸にスタートアップを紹介し、後編ではケンブリッジ発で特に有名な企業の紹介に加えて、海外学生向けのプログラムの紹介を行いました。
最後に、この場を借りて、本プログラムを計画・実施してくださったStewart Eru氏をはじめとしたCUTECの皆さまと、大学のゼミの同期であり、私の本プログラムへの誘いに応じてくれただけではなく、英国での楽しくも大変な時間を共にしてくれた友人のHくんに対して、心から感謝申し上げます。本当にありがとうございました。
また、RouteX Inc.は今回ご紹介したプログラムを運営しているBlue Bridge Educationと日本国内でパートナーシップを締結しております。今回ご紹介したプログラムへの参加にご興味のある方は下記のお問い合わせからご連絡をよろしくお願いいたします。
投稿者:近藤 碧
京都大学経済学部経済経営学科在学(-2025.3)。ゼミではスタートアップの経営戦略に関するリサーチ・研究に取り組んでいる。2023年9月より、京都大学大学間学生交流協定に基づく交換留学生としてKoç Universityに派遣され、半年間トルコのイスタンブールに滞在した。2022年よりRouteXでインターンシップを開始し、業界リサーチから海外スタートアップの日本進出支援まで幅広い案件を担当。趣味は愛車のバイク(S1000RR ‘21)に乗ることであり、他大学のバイク部にも加入している。
今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteXは、
海外の先進事例 × 自社のWill による事業開発の高速化
によって、事業会社における効率的な事業開発を実現します。
本件も含めた質問や支援依頼に関する問い合わせは、以下のフォームよりご登録ください。