はじめに
弊社RouteXはこれまで、フランス最大のインキュベーション施設であるSTATION F及びフランス随一のビジネススクールであるHEC Parisについて調査及び情報発信をしてきました。今回は、Deeptechに特化した世界的なプログラムであるCDLの中でもHEC Parisが担うCDL-Parisに携わり、STATION Fにてスタートアップの選定等をされているRintaro Arai氏にインタビューをさせていただいたため、その内容についてお伝えします。
CDLとは
CDL(Creative Destruction Lab)とは、カナダのトロント大学系列である、ロトマン経営大学院のアジェイ・アグラワル教授によって2012年に設立された非営利のインキュベーションプログラムです。量子科学や金融、製造業など多岐にわたった20種以上の科学技術領域に該当する、シード段階のスタートアップを商業的成功に導くことを目的としており、現在はカナダ、アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアにある13拠点で運営されています。また、CDLにはこれまで3,000社以上の企業、7,900人を超える起業家が参加し、300億ドルを超える株式価値の創出に貢献しています。
CDLでは、スタートアップの創業者たちがビジネスリスクを効率的かつ効果的に回避し、かつ成功確率を最大化するため、9ヶ月間にわたるプログラム期間中、8週間ごとに各拠点でメンターと面談を行い、目標や今後の方針を定めた上で目標達成に向けてメンターからの集中的な指導や技術的アドバイスを得ることができます。
メンター陣は、Tech系企業の設立や運営、売却などを経験した起業家や、エンジェル投資家、大手VCのパートナー、経済学者、科学者など多様なバックグラウンドを持つ厳選されたメンバーで構成されています。また、各地域のトップクラスのビジネススクールとも連携し、ビジネス上のサポートを提供しています。これらのメンター陣は多くの場合、プログラムを通じて実績を残したスタートアップに対し、投資まで担います。
CDL-Parisとは
フランスのパリは、ヨーロッパの中でも起業家精神及び科学技術が集う中心地の一つと考えられています。そのため、CDLはフランス随一のビジネススクールであるHEC Parisと提携し、2020年にCDL-Parisを設立しました。HEC Parisは過去4年間にわたり、オックスフォード大学やトロント大学、ジョージア工科大学などCDLネットワークに属する他の十数の機関とも連携しながら、Climate(気候変動)、Space(宇宙)、AI(人工知能)の領域におけるDeeptechを主に担当してきました。以下はそれぞれの分野に含まれる関連技術の一覧です。
Climate: モビリティ&輸送、温室効果ガス削減&炭素隔離、再生可能/代替エネルギー&貯蔵、食品技術、農業技術、水産養殖、廃棄物&循環型経済、新素材、建築&都市、新パッケージング&製造など
Space: 衛星通信、地球観測、測位、ナビゲーション、タイミング、宇宙状況認識、ソフトウェアとAIシステム、ロボット工学と自動化、コンピューティングとデータ処理、宇宙物流と製造、惑星探査と惑星間輸送、衛星ハードウェアなど
AI: インテリジェント・プロセス・オートメーション、ロボティック・プロセス・オートメーション、自動病理認識、創薬、機械学習オペレーション、データレイクの活用、サイバーセキュリティ・リスク管理、自然言語処理など
CDL-Parisでは、HEC ParisのMBAコースに所属する学生をビジネスコンサルタントとして支援先の各企業に派遣し、支援先企業の財務モデルの開発、潜在的な市場の評価、ビジネス拡大のための戦略策定に取り組みます。
支援先企業にとっては優秀なコンサルタントの支援を受けられる一方で、HEC Parisにとっては、科学技術に特化したスタートアップの支援という経験を通じて学生を訓練できることから、両者ともにwin-winな好循環のシステムを形成しています。
なお、CDL-Parisの場合だとプログラムは年に3回ほど募集がありますが、選考通過率は5%とかなりレベルが高いものとなっています。
プロトタイプやレベニューがあるか、そして何よりフランスとマッチしているかが主な判断基準となり、直接応募だけでなく、CDL-Paris側からスカウトすることもあるとのことでした。
必ずしもフランス発のスタートアップである必要はなく、実際にCDL-Paris採用企業のフランス人起業家の割合は2割で、アジアだとシンガポールや台湾の企業も採用されています。
また、CDL-Parisが担当している3つの領域以外での有望なスタートアップは他の地域のCDLへの応募を推奨されますが、CDLに採用されるとどこの国のどのメンターにもアクセスが可能になることから、今後CDLが地理的に拡大するにあたって、より一層のグローバルなスタートアップ・エコシステムの活性化が期待できます。
最後に、そのようなCDL-Parisを担当するHEC Parisと、インキュベーション施設としてのSTATION Fの関係性と実情について紹介します。
STATION Fでは、CDLも含め、有名なプログラム及びそれらに採択されるようなスタートアップが集い、また、そのようなプログラムから卒業した企業というのは将来有望な企業としてVCからの期待も高く集めています。
STATION F内にいるVCもCDLの取り組みとその卒業生には大変注目しているため、CDL-Parisを担うHEC Parisに求められる役割というのも大きなものになります。
実際、STATION FにおいてはHEC Parisが3階のフロアを全て貸し切るなどプレゼンスが高く、そこにはHEC Parisが支援する200社もの企業が在籍しています。
このように、STATION FとしてもCDL-Parisの成功を含めHEC Parisのパフォーマンスは重要であり、STATION F全体としてのパフォーマンスにも大きく連動してくるため、両者の密接な連携と協力は不可欠なものになります。
従って、内外の人間を問わず、プログラム内容やそのパフォーマンスを評価・分析するにあたっては、例えば単にプログラムの担当機関のパフォーマンスが良いか否かという結果に注目するだけでなく、その結果を生み出すための背景にいる様々なステークホルダーの役割と、それらが織りなすスタートアップ・エコシステム全体のバランスや詳細な内情を注視していく必要があります。
いかがでしょうか。
本記事では、Deeptechに特化した世界的なプログラムであるCDL、その中でもHEC Parisが担うCDL-Paris、及びSTATION Fにおける実情についてご紹介しました。現状、アジアにはCDLの拠点は進出していませんが、今後CDL-Tokyo(仮称)のようにCDLの拠点が日本に置かれたり、その他にも世界的なプログラムが進出してきた時に、プログラムそれ自体やその担当機関の役割だけでなく、日本のスタートアップ・エコシステム全体のバランス等が問われてくると考えられます。その上で、本記事で取り上げた内容は今後の日本のエコシステムの発展において参考になるのではないでしょうか。
最後に、本記事に関連して、フランスのスタートアップエコシステムの要となるSTATION F及びHEC Parisについても下記の記事で詳細にまとめておりますので、こちらもご参照頂ければと思います。
インタビュイー:Rintaro Arai さん
EDHEC Business SchoolのMaster in Managementコースに所属しながら、CDLにてベンチャーアナリストを務める。9ヶ月にわたるCDLプログラムのオペレーションやスタートアップのスカウティングなどのリクルーティングを務める。 修士課程の専攻がアントレプレナーシップということもあり、日頃からスタートアップエコシステムの中に身を置きたいと考え、近年多くのユニコーンを輩出するフランスのエコシステムを学ぶためにCDL-Parisへの参画を志望するようになった。STATION Fで働くことは日本での大学時代より夢見ており、STATION Fに拠点をもつHECからインターンのオファーを受けたため、これを好機と捉え参画するに至った。
投稿者:柳原 至門
東京大学経済学部金融学科在学(-2024.3)。東京大学大学院農学生命科学研究科 農業・資源経済学専攻 進学予定(2024.4-)。国内VCのIncubate Fundやスタートアップ2社でのインターンシップ経験あり。「官民協働海外留学支援制度〜トビタテ!留学JAPAN日本代表プログラム〜」の第15期生として採択され、2023年9月より、フランスのビジネススクールHEC Parisへ交換留学。留学開始とともにRouteXでインターンシップを開始し、海外カンファレンスへの参加を通じ、海外スタートアップ及びインキュベーターの調査を担当。将来について、スタートアップを中心に行政側として制度設計に携わるか、民間側として投資及び事業支援に携わるかを検討中。
今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
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