タイ王国における財閥企業とは
タイ王国(以後はタイと表記)におけるビジネスの発展、さらにはタイ国内の企業間の関係性を把握するために重要となるキーワードが、「財閥企業」です。日本にも財閥として三菱、三井、住友などがあるように、タイでも財閥によって多くのグループ企業が展開されており、日本財閥以上にタイ国内の事業において重要な役割を担っており、影響力も非常に大きいです。また、タイ財閥は大きく王室のものと、華僑によるものが存在し、後者の華僑による財閥はタイ国内のみならず、ASEANなど中華圏全体で財力と権力を有しており、ファミリービジネスを展開していることがほとんどです。タイ王室の予備知識ではありますが、国王や王族は国民の税金から生活しているのではなく、古くから王室で事業を有していることから多大な財産を保有しています。日本の場合は皇室の財産は国に属するため、タイ王国とは財産の考え方がだいぶ異なりますね。ちなみに、CEO Magazineによると、タイ王室は世界一裕福で英国王室の80倍もの財産を所有しているのは驚きです。
タイでは富裕層と貧困層に大きな格差が生じており、その格差是正は日本よりもはるかに難しいと言われております。その原因のひとつが相続税です。日本が相続税の最高税率55%(2022年現在)であるのに対して、タイではそれに比べてほとんどかかりません。タイにおいては、各被相続人から受け取った相続財産の合計のうち1億バーツを超える部分に対してのみ課税され、 税率は親・子孫などの直系尊属・卑属の場合は5%、それ以外の場合は10%が課税されており、なんと配偶者が受取る相続財産は相続税が課税されません(2022年現在)。このようにして財閥など富裕層一族が長年にわたり富を有し、それら莫大の資産をもとにビジネスを展開しているという特徴があります。ちなみに、クレディ・スイスの2018年の推計によると、タイでは上位1%の富裕層が持つ富が全体の約67%を占め、対象40カ国中で最大となっております。
このように巨大事業を築き上げてきた財閥企業でも過去に大きな壁「アジア通貨危機」に直面しており、彼らは悪戦苦闘しばがらもさまざまな工夫によって乗り越えてきた歴史があります。事業の棚卸しをされたり、投資に切り替えたり、または逆により多くの分野に事業展開したりと、経営方針の舵きりが成功して現在まで事業繁栄が続いております。
タイの王室やこれまでの経済危機などについてお話が少し逸れましたが、今回は多く存在する財閥企業のうちでも名の知れたものについてご紹介していきます。また、それらのスタートアップを含めた事業の投資傾向についてもみていきましょう!実はここ数年、日本のスタートアップをタイの財閥に紹介するスタートアップ・インキュベーションイベント「Rock Thailand」が定期的に開催されており、日本のスタートアップがタイ財閥企業から資金調達することも多くなるかもしれません。
CPグループ
まずはじめに、筆者も少しお世話になっている不動産開発企業MQDCをファミリー企業としてもつ、CPグループについて紹介していきます。1921年に中国汕頭市からタイへ渡航した謝氏により開業した、種を専門に売る園芸店「Chia Tai Chung」がCPグループの始まりとなり、続いて家畜飼料、養鶏業、さらには水産業まで進出し、今でもこれらの産業が軸となっております。具体的には農業部門、食品部門、工業部門、通信部門、石油部門、不動産部門、流通部門、グローバルキッチン部門とほとんどの産業を網羅しており、約30万人以上の従業員とともに、グループの総売上7兆円以上を誇るタイ最大の財閥企業となってます。
具体的な事業例を見てみましょう。みなさん、セブンイレブンはご存知ですよね。実はこのコンビニエンスストア運営をグループ企業のCP ALLが担当しています。また、空港を出るとすぐ目にするのが現地SIMの販売店かと思いますが、ドコモ、au、ソフトバンクのように、タイにも大手移動通信3社AIS、True、Dtacがあり、そのうちのTrueがCPグループの通信部門になります。建設部門のMQDCは観光&お買い物スポットとして人気の高い、「アイコンサイアム」を開発したグループ企業で、現在進行形でタイで最大の不動産開発プロジェクト「The Forestia」も進めております。日本にはない富裕層向け不動産など非常にラグジュアリーな建築を見たい方は、ぜひ一度行ってみることをお勧めします。
デジタル&金融分野に積極投資
次にCPグループのスタートアップ投資について説明していきます。CPグループはビジネスの多岐にわたる部門を寡占している状況に近いですが、金融部門はございません。そのような中、CPグループはタイのサイアム商業銀行と2021年9月、約650~870億円規模のベンチャーキャピタル(VC)を立ち上げると発表しており、ブロックチェーンや暗号資産を使った分散型金融などの金融技術分野のスタートアップに投資する方針です。前回の記事で紹介したタイのユニコーン4社のうち、フィンテック分野ではじめてユニコーンとなった「TrueMoney」も、実はCPグループ発のスタートアップであり、このような投資傾向から金融分野におけるデジタル化に対して積極的に投資していることがわかります。余談ですが、サイアム商業銀行は王室が筆頭株主となっており、一般に王室系の財閥企業といわれております。
また、CPグループは日本のスタートアップをタイの財閥に紹介するスタートアップインキュベーションイベント「Rock Thailand」にもよく参加しており、日本の方が創業者であるスタートアップ「Omise」と連携した実績もございます。
SCG(サイアム・セメントグループ)
SCGは1913年にタイ国王ラーマ6世によって設立されたセメント製造を主軸としている王室系の財閥企業です。現在はラーマ10世が3割の株を保有されており、グループ会社100社、合計従業員が5万人以上の最大手です。理系学生がもっとも就職したい人気企業のひとつでもあり、スタートアップに必要なエンジニア人材の多くが、2019年末から始まったパンデミック以降、スタートアップを辞めてSCGのグループ企業に転職する傾向があったようです。今回のパンデミックはSCGにとってデメリット以外にもこのような優秀人材確保のメリットはございましたが、過去にはアジア通貨危機を乗り越えた経験もございます。もちろんこの危機はSCGのみならず、すべてのタイ企業が直面したものでしたが、SCGはこれを期に経営方針の素早い舵取りで乗り越えることができました。多様な事業に手を出しておりましたが、主軸となる事業を少数に絞り込む判断はどの企業の経営者にとっても非常に参考になる動きですね。
以上のような危機を通して、セメント製造材料、石油化学、製紙の3事業に集約しており、それぞれ「SCG Cement-Building Materials」、「SCG Chemicals」、「SCG Packaging」と大きなグループ企業を有しております。最後の製紙事業に関しては2020年にはIPOを果たし、また2021年に英国の企業買収も実施したりと、欧州や北米にも市場を展開していく動きがございます。また、近年SCGは環境保全にも力を入れており、脱炭素をミッションとしております。具体的には、セメントを使用するコンクリートによる二酸化炭素吸着材料の開発も実施していたり、サプライチェーンに対しても脱炭素できるシステムに改善するようコンサルティングを提供しているようです。
Techsauce Global Summit 2022にも出展しており、セメント製造業のみならず、日本の大手企業と同じく既存のアセットを活用したさまざまな事業展開をしております。別レポートでも紹介しましたが、災害時や失踪時の捜索で使用するドローンソリューション、建設に活用するデジタル技術など、タイの最大手企業にふさわしい社会課題に対する開発を積極的に進めていることが展示ブースからみてとれました。
既存事業の強化を軸に投資
SCGの投資傾向をみると、新事業開発、特にデジタル技術導入などを目的にスタートアップへの投資を積極的に実施しているようです。「AddVentures by SCG」や「NEXTER VENTURES」などがSCGのCVCとして、近年スタートアップ投資を積極的に実施しております。具体的には「NEXTER VENTURES」がヘルスケア分野の「Arincare」に対して2020年シリーズAで出資していたり、「AddVentures by SCG」と「SCG」それぞれで2021年にシリーズB+と、ブリッジラウンドで、主軸事業のセメント生産に関連する建設分野のデジタル化に貢献できそうなスタートアップ「Builk」に投資しています。このように昨年は既存事業の競争力強化と、新規ビジネス創出に関する案件にそれぞれ100億円以上を投じており、さらにはVCファンドにも300億円ほどの出資を行う予定でいるようです。CPグループと投資傾向を比較しますと、デジタル技術やサービスの強化では共通しつつも、既存事業強化のための投資がもっとも多いようです。
セントラルグループ
みなさん、セントラルワールドはご存知でしょうか。タイ・バンコクに旅行に行かれる際に多くの人が買い物で一度は行くであろう大型商業施設です。また、セントラルワールドの大通りを隔てた向かい側に、BigCという目につきやすい看板の大型スーパーのようなショッピング施設もございます。実はこれらすべて、セントラルグループの企業です。華僑による財閥企業であり、1947年創業以来、外食チェーン、高級品、ホテル、商業不動産や専門店などの事業を展開し、8万人以上の従業員を有する巨大グループです。それぞれの事業を担うグループ企業として、CRCは先述の百貨店や大型量販店、CPNは商業不動産開発を行なっており時価総額が1兆円を超えます。また、CRGは日本の大戸屋、吉野家など日系の外食チェーン店を多く展開しています。旅行でたびたび日本食が恋しくなるというような問題もバンコクであれば、同じ味を堪能することができるのは心強いですね。また、ホテル事業はホテル&リゾートとしてタイ国内はもちろんのこと、2023年からは日本の大阪を中心に展開していくようです。これからは日本国内において国内企業とより事業連携が強まるかもしれません。
オンラインショップなどEコマース分野への投資
ここ数年の投資をみると、Eコマース分野のスタートアップ「Pomelo」に2017年から2019年にわたりシリーズB、Cと2回投資を行なっております。また、Grabにも同年2019年3月に$200M投資を実施しております。これらの投資実績かから、既存事業の店舗販売からオンライン販売への移行を見据えた連携の動きがみてとれます。その他として、2018年にこれから紹介するTCPグループやその他3社とタイのVC、「500 TukTuks」に投資しております。500 TukTukusはアメリカの有名VC「500 Startups」のタイローカル事業部門となっており、2023年までに少なくとも1億USドル以上の価値を持つタイローカルスタートアップを7社以上設立することを目指しています。
デジタル化が急速に進むタイをはじめとするASEANでは、Eコマースをはじめ、仮想通貨やフィンテックなど、ほとんどの分野に共通してデジタル化の一役を担えるスタートアップへの投資が行われていると言えます。
引用元:Thailandpicks
キングパワーグループ
次にキングパワーグループについて紹介します。こちらもどこかで聞いたことある方多いと思います。なぜなら空港の免税店から買い物するとレシートにはかならず「King Power」との表記があるからです。実はタイの免税店は1社独占の状態が続いており、それがキングパワーです。免税店は入札によって決められますが、毎回その他の大手企業を押しのけてキングパワーが落札する結果になっているようです。日本であれば問題視されて、独占が進まないよう外部的な強制力が働きそうですが、財閥企業の規模からみてもタイは比較的ゆるい気がします。旅行から帰国する際のおすすめですが、空港以外にもキングパワーの免税店がバンコクの「ビクトリーモニュメント」駅の近くにもございますので、空港ではなく、そこでゆっくり買い物すると慌てずに品揃えよくお土産の準備ができます。
1989年に創業されたキングパワーグループですが、免税店以外にもなんとプレミアリーグ2部のレスターを買収しており、「Leicester City F.C」を運営しております。スタジアム命名権も購入しており、投資を続けたおかげもあってプレミアリーグ初制覇も果たしてましたね。ここでもタイ財閥企業の財力の凄さに改めて気づかされます。
免税店を支える観光分野へ投資
「Thai AirAsia」と「Tourkrub」に対して投資を行なっており、前者はSecondary Market、後者はシリーズAで投資されております。それぞれ格安航空会社とオンラインで旅行パッケージを取り扱うスタートアップと、観光産業への投資を主軸としていることがわかります。観光客をターゲットとしていることから、投資は既存事業の強化を目的にしていることがわかります。
引用元:Thailandpicks
TCPグループ
TCPグループはタイの飲料製造&販売を中核としている財閥企業です。みなさんタイに旅行や出張でホテル近くのセブンイレブンなどに行かれた際に、日本に負けず多くのエナジードリンクを見かけますよね?これら飲料品を主軸として販売しているのがTCPグループです。医薬品販売から開始しており、そのような繋がりからレッドブルなどエナジードリンクの製造販売が軸となっています。グループ傘下の企業である「TCファーマシューティカル」は1978年に創業され、飲料などの製造を主に担っております。ここで生産された商品のマーケティングや、グループ会社全体のポートフォリオのブランディングを実施しているのが「Red Bull Beverage」です。
余談ではございますが、過去にTCPグループの御曹司がフェラーリーによる轢き逃げ事件を起こしたものの、のちに目撃者の証言が急にかわり無罪放免となった少し闇を感じる出来事がありました。当時はTCPグループが政府に多額な投資をしていたため、このような結果になったとされ、レッドブルの不買運動につながった時期がありました。真相はわかりませんが、タイではたびたび華僑系財閥に対して不満が爆発することもあり、貧富の格差が常に社会課題となっております。
タイローカルのスタートアップ支援に向けた投資
TCPグループは先ほどセントラルグループの投資について説明した通り、「500 TukTuks」にその他4社とあわせて投資をしており、評価額の高いタイローカルのスタートアップの誕生を目的としています。また、TCPのグループ企業である「Durbell」は2020年〜2021年で2回、タイの初めてのユニコーンとなったロジスティックス関連の「Flash Express」にシリーズDとシリーズEに投資しておりました。財閥企業のみならず、大手企業に共通しておりますが、いずれも評価額の高いスタートアップにレイターステージで投資する傾向です。
ブンロード・ブリュワリーグループ
シンハービールはタイでもっとも有名なビールブランドのひとつで、日本でもファンが多くいらっしゃると思います。その製造販売を主に展開しているのがブンロード・ブリュワリーグループで、TCCグループ「タイビバレッジ」とタイのビール文化を築いているビール産業の二台巨頭と言えます。また、ビールの製造販売のみならず、ビールレストランチェーンも展開しており、近年では米国にも出展して海外進出を積極的に進めているようです。
1933年創業以来、現在はアルコール飲料、小売、音楽や不動産などで事業展開しています。不動産事業についてはグループ企業「Singha Estate Public Limited Company」が、日本の大和ハウス工業株式会社と、タイ・バンコクのプロポン駅周辺エリアの戸建分譲住宅事業・分譲マンション事業で連携しており、2018年11月から2棟からなる地上7階建て、総戸数107戸のプロジェクト「EYSE Sukhumvit 43 Project」を着工しております。
食品関連への投資
ブンロード・ブリュワリーグループのスタートアップ投資についてみると、近年Singha BeerのCVCとして2018年「Singha Ventures」を設立し、一般企業やスタートアップに対して、100Mドル規模のファンドをもとにすでに5カ国の11社に投資しております。消費者向けの低価格の製品(FMCG)のリテールや食品産業に対しての投資が軸となっております。具体的には例えば、「DOUXMATOK」など糖分削減した食品の技術開発を実施している企業や、レストランのオンライン予約をタイ、インド、中国、シンガポールなどアジア複数国で展開している「CHOPE」などに投資しています。
TCCグループ
TCC Groupは正式に「Thai Charoen Corporation Group」と表記される、華僑系財閥企業のひとつです。創業者Charoen Sirivadhanabhakdi氏は中国南部からタイへ移住した家族と一緒にバンコクのチャイナタウンで育ち、貿易事業の仕事をしていた時にのちに妻となるKhunying Wanna Sirivadhanabhakdi氏と出会い、2人で小さな事業から財閥企業とまで言われる巨大事業TCC Groupまで成長させていることは驚きです。Charoen Sirivadhanabhakdi氏はタイだけでなく、世界的な富豪でもあり、フォーブス誌でタイ3位となっており、ニューヨークやマンハッタンをはじめとする、世界各大都市に50以上のホテルを有する不動産王です。次に事業についてみてみますとと、飲食、農業、小売、金融、不動産の5部門で展開しており、それぞれの主軸を担うグループ会社が存在しております。中でも有名なのが、アルコール&飲料製造販売する「タイビバレッジ」です。
M&Aによる事業拡大
投資面でTCCグループの傾向をみていきましょう。実は本グループの創業者は以前のアジア通貨危機から積極的にM&Aによって事業を拡大してきております。近年のスタートアップに対する投資についてみると、グループ会社の「TSPACE」が2018年に2社、それぞれフィンテックと、Eコマース分野のスタートアップに対してM&Aしており、デジタル分野への事業展開を積極的に進めていることがわかります。ここから、基本的にTCCグループはM&Aによる買収を実施しており、途中ラウンドでの投資は少ない傾向です。
タイの財閥企業の事業や投資について紹介してきましたが、いかがでしたでしょうか?
全体のスタートアップに対する投資傾向をみていくと、やはりレイターステージでの投資が基本のようです。これは他の国にも共通していますが、スタートアップ・エコシステムを形成するためにはアーリーステージにも投資するVCや投資家が多く出現してこないと難しいといえます。今の状況は逆にVCや投資家にとってチャンスともいえます。アーリーステージで将来の期待値が高いスタートアップがまだまだ目をつけられていません。
また、レイターステージでも評価額の高いスタートアップに対する投資を通して、タイの財閥企業と連携することもできるかもしれないので、グローバル化の手段のひとつにもなります。ぜひこれを機にタイの観光だけではなく、優れた技術やビジネスを持つ国としても興味をもっていただければと思います。
投稿者:宮緒 ディフェイ
学生時代、ナノテクノロジーなどの基礎研究に従事していた際に、最先端技術が一部の研究者や専門家の間だけで議論され、世の中に出回ることが少ないことに課題を感じ、在学中にサイエンスコミュニケーターとして活動をはじめた経験をもつ。大学院時代に訪れたバンコクのラグジュアリーデパートーや、マンションに魅了されことをきっかけに、タイ王国における最先端技術にも興味をもちはじめる。
現在は、大手通信企業の研究開発部門で働きながら、RouteXでは主にASEAN諸国のスタートアップ・エコシステムのリサーチを担当している。
RouteX Inc.ではスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップ、大企業、政府関係機関との連携を進めています。
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