
2008年、ノアム・ワッサーマン教授(Harvard Business Review掲載)が発表した「The Founder’s Dilemma」は、スタートアップの創業者が直面する苦渋の選択―すなわち、経営権の保持と企業成長のためのプロフェッショナルマネジメント導入との間で揺れるジレンマ―を鮮烈に描き出しました。多くの創業者が、創業後数年以内にCEOを降板し、最終的にはIPO前にその大半が経営の舵を譲る現実を示しています。特に、統計によれば、創業から3年目で半数以上、4年目では60%、IPO前には創業者の4分の3が経営の座を離れており、その73%は本人の意向に反して起こっているというのです。
この現実は、まさに「創業者のジレンマ」として、スタートアップの成長過程における痛烈な選択を物語っています。しかし、こうしたジレンマは、実はプロジェクト成功への成長プロセスの一部とも捉えられます。ここでは、BM Conseil Innovation「Il faut 3 vies pour réussir un projet innovant」も参考にしながら、革新的プロジェクトの成功に向けた3つのフェーズと、創業者が直面するジレンマの両面から、その戦略を紐解いていきます。
1. 創業者のジレンマ―決断の重み
「The Founder’s Dilemma」が示す最大のテーマは、創業者が自らの理想や情熱と、企業の成長という現実との間で、いかに難しい選択を迫られるかという点にあります。創業者は、自社のビジョンや理念を体現する存在であり、事業の「魂」としての役割を担っています。しかし、企業が成長し、規模が大きくなるにつれて、経営はより複雑になり、専門的なマネジメントが求められるようになります。この変化の中で、創業者は三つの大きなジレンマに直面します。
所有権と経営権の葛藤
創業者は、自らのビジョンを守るために強い所有感とコントロール欲を持っています。しかし、急成長を遂げるためには、外部の投資家やプロの経営陣の力を借りる必要があります。このとき、経営権を委ねることで、企業の運営が効率化し、成長の加速が期待できる一方、自らの意思や企業文化が薄れてしまうリスクが生じます。統計が示す通り、創業後数年以内に多くの創業者がCEOを降板するのは、こうした所有と経営のバランスを取ることが非常に難しいためです。
情熱と現実のギャップ
創業者は、自身の情熱と「夢」に基づいて事業を立ち上げますが、現実の市場環境や組織運営は、必ずしもその理想通りに動くわけではありません。たとえば、初期段階では自身が全てをコントロールすることが可能ですが、事業が軌道に乗り始めると、迅速な意思決定や組織全体の運営が求められ、個人の感情や直感だけでは対応しきれない局面が現れます。その結果、創業者は自らの「信念」を維持しつつ、プロフェッショナルなマネジメントに委ねるべきタイミングを見極めなければならなくなります。
アイデンティティの揺らぎ
自社の創業者として、企業の成功や失敗は自分自身の一部として受け止められます。そのため、もし経営権を手放す決断をする場合、その背後には「自分の子供」を他人に託すという大きな心理的負担が伴います。Twitterの共同創業者ジャック・ドーシーがその経験を「腹に一発殴られたようだった」と表現したように、創業者にとっては、経営権の譲渡は単なる経営戦略の変更ではなく、自らのアイデンティティに関わる重大な転換点なのです。
こうした創業者のジレンマは、単に個人の問題に留まらず、企業全体の成長戦略に大きな影響を及ぼします。実際、適切なタイミングでプロフェッショナルな経営陣にバトンタッチすることは、企業の持続的な発展を左右する重要な要素です。ここで求められるのは、創業者自身が自社の未来を冷静に見極め、時には自らの情熱を一部手放す勇気と判断力です。
しかし、これは創業者の精神的な「弱さ」に寄るものではありません。プロジェクト、ひいてはスタートアップの成功は、単なる偶然や運だけでなく、戦略的な「フェーズ」を経て実現されます。このフェーズの中で、創業者はその都度自身の役割に立ち返る必要があります。
2. 成功への3つのフェーズ
創業者が抱えるジレンマを踏まえると、企業の成長は単なる一連の出来事ではなく、各フェーズごとに異なる戦略と決断が求められるプロセスです。ここでは、成功に導くための3つのフェーズを解説します。
第1フェーズ:探求の段階
目的:市場と製品のフィット感(プロダクト・マーケット・フィット)を見出す
内容:この初期段階では、製品はまだ試作品であり、正式な顧客は存在しません。アルファテストを通じて基本仮説を検証し、必要に応じてピボット(方向転換)を繰り返しながら、最適な解決策を模索します。ここでの挑戦は、創業者自身の情熱と実験的アプローチによって、事業の基盤を作ることにあります。
第2フェーズ:組織形成の段階
目的:第1フェーズで見出された市場と製品のフィット感を基盤に、実行力のある組織を築く
内容:事業が一定の軌道に乗ると、企業は採用活動や組織体制の整備を進めます。組織図の策定、各ポジションの明確化、そして製品・サービス、さらには価格設定やマーケティングなど、事業モデル全体の運営が開始されます。ここで創業者は、組織の拡大とともに、必要な部分では経営権の一部をプロフェッショナルなマネージャーに委譲する決断を迫られます。
第3フェーズ:スケール(拡大)の段階
目的:確立した市場と組織体制を背景に、企業の急成長と市場での地位確立を目指す
内容:この段階では、さらなる市場拡大のために大規模な採用や資金調達が行われ、企業は主要市場でのポジショニングを強化します。しかし急成長には、管理体制の整備不足や、予期せぬトラブルなど、多くのリスクが伴います。ここでの決断は、創業者と経営陣が協力し、どの問題に優先的に取り組むかを見極めることにあります。
「創業者のジレンマ」は、決して失敗の証ではなく、スタートアップが成長し成功へと向かう過程で避けて通れない必然のステップです。創業者は、自分の情熱やビジョンを守るために、時には困難な決断を下さなければなりません。しかし、その裏側には、事業を成功に導くために必要な3つの成長フェーズ―探求、組織形成、そしてスケール(拡大)が確実に存在しています。
この3つのフェーズは、企業が進化し続けるための羅針盤とも言えます。初期の実験的な挑戦から始まり、組織を整え、そして大きな市場での成長を目指す。その過程で、創業者は自らの「子供」に対する愛情と、企業の未来を切り拓くための冷静な判断の両方を求められますが、これこそが革新的なプロジェクトを成功へと導く原動力なのです。
今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteXは、
海外の先進事例 × 自社のWill による事業開発の高速化
によって、事業会社における効率的な事業開発を実現します。
本件も含めた質問や支援依頼に関する問い合わせは、以下のフォームよりご登録ください。