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記事一覧 > 英原子力ユニコーンが持株会社をフランスに移転

引用:Unsplash

次世代原子力発電技術の開発に取り組む欧州のスタートアップ、「Newcleo」は、持株会社の拠点を英国からフランスに移転する計画を明らかにしました。

これは、€1b(約1,622億円)の資金調達を目指す動きの一環として、EUの資金プールを活用するための施策です。この動きは、EUの金融機関からの「重要な資金調達の可能性を高める」ためと説明されています。

今回はこのスタートアップが提供する原子力技術の詳細と、イギリスからフランスへの持株会社の移行から考えられることについて、siftedの記事を参考に解説していきます。


原子力ユニコーン「Newcleo」が目指す未来に向けた資金調達

「Newcleo」は、放射性廃棄物を燃料とする鉛冷却型小型モジュール炉(SMR)の開発に注力しています。これは、2030年代から導入が始まる予定の「第4世代」原子炉(先進炉)の6種類のうちの1つです。

「Newcleo」は欧州で最も多額の資金調達に成功した原子力スタートアップであり、この分野で唯一のユニコーン企業です。

今回の移転計画については、2023年3月に€1bの資金調達を目指すと発表してから約1年半が経過したタイミングでの発表となりました。今年初めには€87m(約141億円)を調達し、創業から3年で総額€487m(約790億円)の資金を調達しています。

引用:Newcleo

しかし、創業者兼CEOのStefano Buono氏は、2030年代初頭までに商業用原子炉を建設し収益を上げるという目標を実現するには、さらに数十億ドル(数千億円程度)の資金が必要だと述べています。

Newcleoの公表されている投資家には、オランダのVCである「Exor Ventures」、イタリア最大の自動車メーカー「FIAT」を創業したアニェッリ家のファミリーオフィスの投資部門などが含まれています。

同社は現在、イギリス、フランス、イタリア、スイス、スロバキアで事業を展開しています。2026年までにイタリアで研究施設を完成させ、2030年までにフランスでデモンストレーター炉を建設する計画です。さらに、2033年以降に最初の商業用原子炉の運転を開始し、将来的には欧州全域に発電所群を展開することを目指しています。


イギリスからフランスへの移転の背景

「Newcleo」は、持株会社をイギリスからフランスに移転する計画を発表しました。この動きは、€1bの資金調達を目指す中で、EU(欧州連合)の資金源にアクセスするためのものです。

同社は8月20日に公表した年次会計報告書の中で、1月に株主と従業員に対し、「EUの金融機関から相当額の資金を調達する可能性を高めるため」にこの移転を行うと発表したことを明らかにしました。

この動きは、いきなり今に始まったことではなく、同社とフランスとの関係を強化する一連の流れの中にあります。

今年初め、「Newcleo」は南フランスに計画していた燃料工場の規模を拡大し、イギリスでの工場計画を棚上げすることを発表しました。これは、フランス大統領のエマニュエル・マクロンによる積極的な誘致活動の結果だと報じられています。

引用:Unsplash

一方イギリスとの関係について「Newcleo」は、

・持株会社の所在地は移転するものの、イギリスでの計画は変わらない
・次世代SMRを建設してイギリスの電力網と産業向けに電力を供給することに投資をすることも変わらない

とも説明しています。

なおイギリス政府は、先進モジュール炉で燃料として使用するための廃棄プルトニウムを提供しないと同社に伝えたとされており、これも移転の間接的な要因の一つとなっている可能性があります。

「Newcleo」の広報担当者は、「フランスの専用持株会社の設立により、燃料サイクルに関する我々の目標をサポートする先進的な燃料サイクルとの強いつながりを確保するための我々の立場を強化します」と説明しています。

米国のVCである「Giant Ventures」の共同創業者兼パートナーのTommy Stadlen氏によると、フランス政府系投資銀行であるBpifranceは持株会社の所在地に関して「厳格な」要件を設けているそうです。EUからの資金調達を達成するために持株会社の所在地を移転することは重要な要素になっていることも、今回の計画が発表された理由の一つだと言えそうです。


政府機関の施策がスタートアップの戦略に大きく影響

今回の「Newcleo」の持株会社移転の動きから、スタートアップ・エコシステム全体としてのいくつかの重要な点と課題が考えられます。

まず、資金調達の戦略的重要性が挙げられます。次世代原子力技術(核融合含む)や量子コンピュータ等をはじめとする高度なDeepTech領域に関連する開発には莫大な資金が必要であり、その調達先を多様化することが不可欠です。EUの金融機関からの資金調達を視野に入れた今回の動きは、その一環といえるでしょう。

次に、政府の支援と規制の影響力が挙げられます。フランス政府の積極的な誘致活動やEU所属国による積極的なスタートアップへの投資戦略、さらにはイギリス政府の廃棄プルトニウム提供に関する決定が、「Newcleo」の事業展開に大きな影響を与えています。欧州では政府機関による規制がスタートアップの成長に強い影響を与える傾向にあり、本件も例外ではありません。

さらに、国際展開と地域戦略のバランスも重要です。「Newcleo」は欧州全域での事業展開を目指していますが、各国の事情に応じた柔軟な戦略を採用しています。また調達先を多様化させることも、その土地での事業拡大を図るきっかけとなります。

本件は表面だけ見れば単なる持株会社の移転ですが、実際は長期的に行われた政府機関の意思決定や施策の結果が現れた大きなニュースであったと考えるのが自然です。「Newcleo」は引き続きイギリスの電力網に貢献することを強調していますが、イギリスは惜しいスタートアップをすでに「失って」しまったとも言えるでしょう。

参考記事:Nuclear unicorn Newcleo to move holding company from UK to France to tap EU funds


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投稿者:近藤 碧

京都大学経済学部経済経営学科在学(-2025.3)。ゼミではスタートアップの経営戦略に関するリサーチ・研究に取り組んでいる。2023年9月より、京都大学大学間学生交流協定に基づく交換留学生としてKoç Universityに派遣され、半年間トルコのイスタンブールに滞在した。2022年よりRouteXでインターンシップを開始し、業界リサーチから海外スタートアップの日本進出支援まで幅広い案件を担当。趣味は愛車のバイク(S1000RR ‘21)に乗ることであり、他大学のバイク部にも加入している。


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