
※本記事は、Deep Tech Playbook 2025を参考に、初期のDeep Techスタートアップ経営者や起業を目指す方々が直面する課題の解決に向けたアプローチを解説するために作成しました。根本となる考え方はこちらのホワイトペーパーにまとめています。
はじめに:技術を届ける“最後の壁”──それが市場導入
※まだお読みでない方は、第1回「Concept編:科学的理解から市場創造への戦略的アプローチ」、第2回「Product編:顧客理解から製品戦略、競争優位性の構築まで」もぜひご覧ください。
ディープテックスタートアップにとって、革新的な技術を“意味ある製品”に変換した後に待ち構えるのが、「どう届けるか」という難題です。つまり、市場導入(Go-To-Market, GTM)とスケーリングの問題です。
従来のSaaSや消費財と異なり、ディープテックは販売チャネルや顧客教育、信頼形成、規制対応など、多くの不確実性と障壁を抱えています。
『Deep Tech Playbook』の「Market」セクションは、そうした複雑な障壁を乗り越え、社会に技術を実装するための戦略設計を扱っています。
本記事では、シリーズ第3回として、「Market」セクションのエッセンスを読み解き、Deeptechスタートアップが市場へ進出し、スケールしていくために押さえるべきポイントを整理します。
Market編とは?ディープテックの市場浸透を読み解く
このセクションでは、主に以下のようなテーマが扱われています。
- 初期市場から主流市場へ:市場浸透の「キャズム」をどう超えるか
- セグメント戦略と顧客ステークホルダーの明確化
- 調達・認証・販売の「複合的バリューチェーン」の設計
- 社会的受容性(Social Acceptance)と信頼獲得のプロセス
これらはいずれも、Deeptechスタートアップにとって市場導入の成功を左右する重要な論点です。
特にディープテックの場合、製品導入には技術的なハードルだけでなく、制度・規制、信頼構築、社会的合意形成など、従来のスタートアップには見られない要素が多分に含まれます。そのため、「売る」というよりも「受け入れられる構造を設計する」ことが求められるのです。
ディープテック市場参入で押さえるべき4つの戦略視点
【視点1:キャズムを超える市場導入戦略】
イノベーション普及論で知られる「Technology Adoption Lifecycle」では、Early AdoptersからEarly Majorityへの移行──いわゆる“キャズム”──が最大の障壁とされます。
Deeptechの場合、特にこのキャズムは深く、製品が技術的に完成していても市場に受け入れられるには多くの社会的・制度的ハードルがあります。
ここでは、「最初に狙うべきセグメントの明確化」と「導入メリットの社会的証明(Social Proof)」が鍵を握ります。顧客の声を用いたケーススタディや実証実験、パートナー連携による共同導入などが推奨されています。
【視点2:複数ステークホルダーへの価値設計】
ディープテック製品は、単一の意思決定者ではなく、複数のステークホルダー(技術責任者・購買部門・規制当局・市民など)によって導入が左右される場合が多いのが特徴です。
そのため、バリュープロポジションを「顧客企業全体」ではなく、「役割別の利害関係者」に向けて設計し、それぞれのインセンティブに応じたコミュニケーションが必要となります。
例えば、カーボン除去技術であれば、企業のESG責任者には「報告可能な削減量」、経営層には「財務インパクト」、技術部門には「運用コストと安定性」といった形でメッセージを分解して届けます。
【視点3:調達・認証・導入までの複合バリューチェーン設計】
Deeptech製品の販売は、単純な「受注→納品」では成立しません。例えば、次世代電池、バイオ素材、量子センサーなどは、導入前に各種認証、共同開発、ユーザー訓練などが必要になります。
そのため、市場導入には「製品開発+信頼形成+制度調整+実装支援」という複合バリューチェーンの設計が不可欠です。販売チームだけでなく、技術、規制、ファイナンス部門をまたいだ統合的体制が求められます。
【視点4:社会的受容性の獲得と“信頼資産”の構築】
ディープテックはしばしば「見えない技術」「社会インフラへの深い影響」「リスクが不明瞭」などの理由から、社会的な受容に時間がかかるケースがあります。
このため、技術説明や透明性の確保、第三者からの承認(大学・政府・NGOなど)、パイロットプロジェクトによる成功事例などを通じて、「この技術は信頼できる」という認知を丁寧に築いていく必要があります。
ケーススタディ|Carbon社に学ぶ市場導入とスケーリングのリアル
Carbonは、光硬化性樹脂をベースとした3Dプリント技術「Digital Light Synthesis™」で知られる米国発のディープテック企業です。従来の3Dプリンティングの限界を超え、大量生産や高強度用途への展開を可能にしました。
初期市場の選定と社会的信頼の構築
Carbonは初期市場として、医療・スポーツ・自動車といった、試作品ではなく高性能な最終製品が求められる分野を選定しました。これにより、「本当に使える3Dプリント」という市場認識を構築することに成功。
特に、アディダスとの提携による「Futurecraft 4D」スニーカーは、量産レベルでの採用事例として、技術の信頼性と拡張性を社会的に証明するきっかけとなりました。
複合バリューチェーンの統合設計
Carbonは単なる3Dプリンタの製造企業ではなく、素材開発、クラウドベースのソフトウェア、アプリケーションエンジニアリング支援を統合することで、顧客が製造プロセス全体を再設計できる環境を提供しました。
この統合体制により、顧客企業の“新しい製造の試み”に対して、認証・信頼性試験・量産移行支援といった多層的な支援を行い、製品導入の障壁を下げています。
社会的受容性とブランド戦略の融合
Carbonは積極的にユースケースを公開し、顧客との共創による製品をメディアに発信することで、「テクノロジーとしての信頼」だけでなく「ブランドとしての信頼」も構築しました。
その結果、医療機器メーカーや航空宇宙業界といった、規制や社会的信頼性が重視される市場にもスムーズに参入することができました。
【総括】市場導入は“信頼と構造”の設計である
「Concept編」では、科学的知見と市場性の橋渡しとして“意味ある応用”を選定する重要性を説きました。「Product編」では、顧客起点での製品化・ポジショニングが勝敗を分けるとしました。そして本「Market編」では、それらの価値を“社会に届ける”仕組みづくりにフォーカスしています。
Deeptechスタートアップにとって、市場導入とは単に販売活動を意味するものではありません。
製品が導入される構造そのものを設計し、信頼を可視化し、制度や社会的規範と折り合わせながら浸透させていくこと。
このような「信頼と受容の設計」こそが、『Deep Tech Playbook』が一貫して提示してきた戦略思考の核心なのです。
Deeptechの挑戦は、技術的卓越性だけでは達成されません。市場との接続、社会との共創、それを支える構造的視座が必要不可欠です。
本シリーズが、そうした挑戦を志すスタートアップにとって実践的な羅針盤となれば幸いです。
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