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記事一覧 > Hello Tomorrow Global Summit 2021 現地参加レポートvol.1 世界最大のDeep Techカンファレンスで見えてきたトレンドとは

日本から唯一のMedia Partnerとして現地参加

2021年12月2・3日の2日間に渡り、フランス・パリにて世界最大のDeep Techカンファレンス Hello Tomorrow Global Summitが開催されました。

先進的な技術を組み合わせることで世界市場に対して破壊的なソリューションを生み出すDeep Techは、SDGsや気候変動と言った地球規模の課題を解決すること、また金銭的に大きなリターンを生み出すことが期待され、コーポレートや投資家、政府機関などあらゆるスタートアップ・エコシステムのプレイヤーから注目を集めています。

今回、RouteXは日本から唯一のMedia Partnerとして現地で参加しました。

今後、全4回の連載を通じて、イベントコンテンツや参加者との交流を通じて汲み取れる、世界的なDeep Techのトレンドをお伝えします。
この記事は第1回の記事となります。

弊社は、Hello Tomorrowの日本におけるエコシステムパートナーとして、これまでもHello Tomorrowの日本ハブであるHello Tomorrow Japanと連携し、国内のDeep Techエコシステム構築に寄与すると共に、昨年パリのHello Tomorrow本部へ訪問・取材をおこなっております。

Hello Tomorrowに関する過去の記事はこちらをご確認ください。

アメリカとヨーロッパのDeep Techを取り巻くエコシステムの違い

Hello Tomorrowは、2011年に設立され、今年で10周年を迎えたフランス・パリに本拠を置くグローバルコミュニティです。
コミュニティとしてHello Tomorrowがフォーカスしている”Deep Tech”は、地球規模の課題解決やイノベーションの種を生み出す源泉として、いまや世界中様々なプレイヤーが着目し、投資が集まっている分野ですが、その中でもHello Tomorrowは比較的早い段階からコミュニティを形成していたことがわかります。

Deep TechおよびHello Tomorrowの詳細についてはこちらの記事でも説明しています。
また、Deep Techに関する基礎情報はこちらのHello Tomorrowサイト内のページより確認できます。

資金的・経営的体力の小さいスタートアップを支えるエコシステムにおいて、そのスタートアップを多方面から支え、そのプレイヤー同士が有機的に連携することのできる「コミュニティ」が必要であると一般的にいわれていますが、こと先進的な技術を有していることが前提となるDeep Techにおいて、そのコミュニティの形成過程はアメリカとヨーロッパで大きく異なります。
その大きな違いは、「主体となるプレイヤー」です。

アメリカにおけるDeep Techエコシステム
= 主体プレイヤーが大学・学術機関

アメリカでもトップクラスの人材と技術を有するスタンフォード大学
引用:「シリコンバレーのエコシステムの中心スタンフォード大学とは?」

イノベーションを生み出すための方法論をかねてより提唱し世界を牽引してきたアメリカにおいては、先進技術の源泉となり、豊富な資金援助を行うことができる大学・学術機関がDeep Tech分野においてはコミュニティの中心であるといえます。

どれほど破壊的な技術が存在していても、その技術を社会へと実装するための人材と、潜在的なサービスユーザーの集合体である市場がなければ、ビジネスとして成功させることはできません。その点アメリカの大学では、技術を社会実装ができるレベルまで育て上げるために、外部の企業との共同研究・受託研究を主導する技術移転が活発におこなわれている他、インキュベーターやアクセラレーターといった初期段階のスタートアップを支える組織を各大学が自前で運営しているケースが多くあります。
このような体制や組織がアメリカのDeep Tech分野のスタートアップを支えるエコシステムであるといえるでしょう。

なお、アメリカの大学におけるエコシステムの活性度を示す証左として、各大学がもつ基金が過去数十年で最大の投資利益を記録したという記事が2021年9月のWSJでも発出されています。このような記事からも、世界中から人材と技術が集まるアメリカの大学はDeep Techという切り口において特に重要なプレイヤーであることが理解できます。

ヨーロッパにおけるDeep Techエコシステム
= 主体プレイヤーが政府

一方で、ヨーロッパではアメリカほど技術移転の仕組みや大学発インキュベーター・アクセラレーターが発達しておらず、大学がスタートアップに幅広く資金提供するエコシステムができていません。アメリカのDeep Techエコシステムにおける「大学」に代わる役割を、ヨーロッパでは「政府」が担っていると考えることができます。

例えばヨーロッパ諸国の政府の集合体であるEUでは、スタートアップやコーポレート、投資家や大学を結びつける”Startup Europe”という組織を2014年から立ち上げ、EU圏内のスタートアップに対する出資の支援やDeep Techのトレンドを政策へ反映させる活動を加速させる動きを見せています。
また2021年には、100億ユーロの基金「European Innovation Council」を発表しました。

また、フランスではEUの動きと呼応する形で、他のEU諸国から先んじてDeep Techに関する動きを活発に行ってきました。特に、初期のスタートアップへの投資を目的に2014年に設立され、フランスのエコシステムを支える公共投資銀行であるBpi Franceは、近年特にDeep Techへの投資を拡大することを公にし熱量が高まっています。
2021年にはBpi Franceがもつ5年間のDeep Techファンドの大きさを13億ユーロから20億ユーロへと拡大とすると発表しています。
(参考:France adds €700m to Europe’s deeptech arms race)

なお、フランスの現大統領であるマクロン大統領は2017年の就任以降、スタートアップを中心としたイノベーションに注力してきましたが、経済大臣時代の2016年のHello Tomorrow Global Summitには実際に登壇しています。
Deep Techに関わる政策立案に一役買っていたことは間違い無いでしょう。

マクロン大統領がおこなってきたスタートアップ施策についてはこちらの記事をご確認ください。

EUに属する他の国も追随する動きを見せており、ドイツは2020年12月に100億ユーロ規模の”Future Fund”計画を発表し、うち10億ユーロがDeep Techに向けた”Deep Tech Future Fund”であることを2021年3月に追加発表しています。

このように、ヨーロッパでは政府を主導とするDeep Techエコシステムの構築が直近6、7年で急速におこなわれており、Hello Tomorrowの取組みもまた政府の動きと呼応する形でスタートアップやコーポレート、投資家などをつなぐ最大のDeep Techコミュニティとして成長しています。

本年のGlobal Summit 2021では、現在のマクロン政権でデジタル&テレコム担当大臣を務めるCedric Oが登壇し、ヨーロッパにおいてDeep Techスタートアップが成長するために必要なエコシステムについて語りました。ヨーロッパのDeep Techシーンにおける政府の関与がよくわかるこの登壇の内容は別の記事にて紹介する予定です。

このように直近6、7年で急速に整備されているヨーロッパのDeep Techシーンを牽引してきたHello Tomorrowですが、フラッグシップイベントである本年のGlobal Summitはどのような様子だったのでしょうか。その内容を以下よりご紹介します。

Global Summit 2021 現地の様子

今回のGlobal Summitは前々回である2019年に引き続き、パリの北部にあるLe CENTQUATRE PARISにて行われました。 (前回2020年はコロナの影響によりオンラインでの実施)。
普段はアーティストの居住区兼販売施設として利用される他、アートとイノベーションを交差させるスタートアップ向けのインキュベーターとしても機能しているようです。

会場に入る前に受付で荷物検査とコロナワクチン接種の証明を提示するように求められます。フランスでは、国が提供しているTousAntiCovidと呼ばれるアプリにて接種証明を事前登録し、このようなカンファレンスや飲食店にて提示することが一般化しています。

フランスでは2021年12月時点で全国民の約89% (日本は約78%)がワクチン接種を終えている他、アプリの浸透を通じて国民生活の許容範囲を広げていると感じます。

会場のフロアはLevel 0 (1階)とLevel -1 (地下1階)に分かれており、それぞれキーノートセッションとスタートアップによるブース出店が行われています。

Level 0には大きく3つのステージが用意されており、2日間に渡って絶え間なくキーノートセッションが行われていました。

メインステージであるFrontier Stageでは、オープニングとクロージングの他、先述のような政府関係者の登壇、各分野ごとのトレンド紹介、スタートアップピッチ、およびピッチコンテストの結果発表などがおこなわれるステージとなっています。

席数も十分に確保されており、Deep Techに関わるプレイヤーが、有識者から発信されるトレンドに耳を傾けています。今回は約3,000人が参加する予定だったようですが、直前にコロナウイルスのオミクロン株が発生したことで国外から参加することが難しかった方も多いようです。それでも会場には非常に多くの参加者が足を運んでいました。

Frontier Stageの両脇には、Pioneer StageとDeep Tech Academyというステージも用意され、VC・CVCによるトレンド解説やディスカッション、コーポレートからDeep Techに向けたリバースピッチ、各分野の先進技術紹介が行われていました。

特に近年急速に進む気候変動やコロナによって大きな変革が起こっている医療・健康という世界的な動きに紐づいて、Climate Techに対する投資をテーマとしたセッションや、MedTechの最新動向を紹介するセッションには特に多くの人が集まり、席に座れないほどの盛況ぶりでした。

Level -1では、Deep Tech Museumと題して、Deep Techスタートアップ約60社のブース出展が行われていました。Hello Tomorrowでは、Global ChallengeというDeep Techスタートアップ向けのコンペティションを年間を通じて世界中で実施しており、そのコンペティションを勝ち抜いた企業を中心にブースが準備されています。

ブース出展しているスタートアップはもっぱらヨーロッパからの参加が多く、特にフランス、ドイツ、イギリスが多い印象でした。また、オランダやトルコなど、エコシステムとしての規模があまり大きくないと考えられる国からの参加も見られました。

尚、日本からは2社がブース出展されていました。

ブース近くには、フランスの銀行であるBNP PARIBASが自前のステージを広げ、支援しているスタートアップのピッチや、BNP PARIBASのリサーチャーによるDeep Techトレンドの紹介が行われていました。先述のようにヨーロッパでは政府主導でDeep Techエコシステムが構築されていますが、それに呼応する形でコーポレートも積極的な関与を示していることが感じられます。

尚、BNP PARIBASはHello Tomorrowにおいて最も関与が高いWorldwide Partnerとして参画しています。その他のコーポレートでは、化粧品大手のL’Oreal、原子力産業大手のOrano、航空大手のSafranがブース出展していました。

各ブースには、下のように各スタートアップを紹介するパネルが設置されているのですが、ここにDeep Techのソリューションをよりよく理解させるためのHello Tomorrowの工夫があります。

まず、パネル真ん中に”TRL (Tech Readiness Levels)”の記載があり、このDeep Techスタートアップがもつ技術の開発フェーズを明確に示しています。
TRLとは、1989年にNASAが考案した技術の成熟度を評価するための9段階 (1:基礎的な技術体系の判明 〜 9:最終製品として機能) の指標で、高ければ高いほど製品化の実現性が高いことを示しています。
通常のスタートアップとは異なり、Deep Techでは保有技術が確立されていないケースも多く、TRLのフェーズによっても要求される支援内容が異なるため、コーポレートや投資家がよりわかりやすく各Deep Techを理解し、協業や出資を検討することができるように工夫されているといえます。

また、その下には”Problem Today” “Solution Tomorrow” の記載があり、各Deep Techが解決するポテンシャルをもつ課題とその解決策が示されています。ブース出展していたDeep Techの多くが潜在的に大きな市場の課題、もしくは地球規模の課題を記載している印象がありました。直近の課題解決ではなく中長期的な課題解決を目している傾向の強いDeep Techをよりわかりやすくブースパネルにて表現していました。

Global Summitから見えてきた3つのDeep Techトレンド

このようにGlobal Summitでは、Deep Techに関わる全てのプレイヤーを包括的に巻き込み、これまでも非常に大きなインパクトを残していますが、特に2021年の今回、大きく以下3つの切り口からトレンドを読み解くことができると考えています。

1.多種多様なソリューションと活発なコーポレートによる支援

Deep Tech自体が様々な技術の集合体である一方、Hello Tomorrowでは上のように10の産業にわけて、Global Challengeと呼ばれる年間コンペティションを実施しています。そしてGlobal Summitではそれぞれの産業ごとに優勝チームを決定します。

そして、最後にGrand Prizeとして最優秀のDeep Techスタートアップを表彰します。今年はATLANT 3D NANOSYSTEMSという、電子部品を含めたマイクロ・ナノデバイスを製造する次世代3Dプリンタを開発するDeep Techが選ばれました。

先述のTRLにみられるように、技術の成熟度が求められるDeep Techでは各分野によって製品化の難易度が異なる他、市場からの要求も各分野によって異なるため、技術体系が追いついていないと考えられる分野も存在することは事実です。一方で量子コンピューティングなど、次世代の技術と考えられていた分野でもDeep Techが誕生し現地で注目を集め始めています。
詳細については、第2回目の記事にて紹介します。

2.地球規模の課題解決に対する投資家の注目

SDGsや気候変動など、地球規模の課題に対する感度がヨーロッパでは特に高く、その傾向が今回のHello Tomorrowでも様々なセッションを通じて取り上げられました。

(SOSVではClimate Tech 100Climate Tech Summitなど、積極的なオピニオン発信をおこなっている)

特にClimate Techは現地で聴衆からも大きな注目を集めていた分野の一つです。現地のセッションでは、世界的にも特にClimate Techへの投資に注力しているVC SOSVのパートナーであるBenjamin Joffeがモデレーターを務め、アメリカやヨーロッパの投資家を集めたパネルディスカッションが大きな盛況を集めました。

このセッションの内容も含めたトレンドは第3回目の記事にて紹介します。

3.ヨーロッパ全体の人材と組織をまとめるアライアンスの存在

これまでDeep Techにおける市場と技術の重要性についていくつか触れましたが、もう一つ重要な観点が人材の確保です。これまで先進的な技術の開発者は、エコシステムが確立されているアメリカへ行くことが通例であったため、ヨーロッパにおけるDeep Techエコシステムを構築するためには、優秀な人材を確保するための仕組みを作りヨーロッパ内で保持しなければいけません。

その観点で典型的な例として、Deep Tech JobsというDeep Techに関わる人材に特化した人材系プラットフォームが、Global Summitにてブース出展していました。

またヨーロッパ内において、Deep Techスタートアップがそれぞれ最適なインキュベーション・アクセラレーションプログラムにアクセスし、資金調達や市場へのアプローチを容易にするための組織であるDeep Tech Allianceも同じくブース出展し、多くの参加者の関心を集めていました。

このように国境を跨いで移動することのできるEUの利点を生かして、Deep Techに有効な機会を提供する営みは、ヨーロッパのDeep Techエコシステムがさらに発展する上で重要だと考えられます。

両組織の紹介も含めた内容は第4回の記事にて紹介します。

いかがでしたでしょうか。
今回は概略をお届けしましたが、次回からの各項目のより詳しい内容も是非ご覧ください。

投稿者:塚尾 昌浩
サンフランシスコにて実施されたTechCrunch Disrupt SFでの現地取材でスタートアップ・エコシステムの可能性に衝撃を受け、以来エコシステムの並行分析とDeepTech領域に注力。
中でもフランスはエコシステム発展の典型事例として特に注目している。
食に、ワインに、サッカー観るのも好きなので相性はばっちり?
直近の目標は、フランスで現地の友人とサーフィンとワイン巡りをすること。

RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、フランスを始めとする世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
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