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記事一覧 > 英ケンブリッジ大のインキュベーター/アクセラレーター紹介と海外学生向けプログラムの現地レポート(前編)

何か新しいことを始めるとき、皆さんは何から手を付けますか。インターネットで情報を集めたり、すでにそれに関係する経験がある人から話を聞いてみたり、本を読んでみたり…。もちろん、人によってはとにかく行動し始めてみるという人もいるかもしれませんが、多くの人が、すでに経験をした人や情報を知っている人から、まずは知見を得ることから始めるものだと思います。

これは、事業を興す場合も同じだと考えてよいでしょう。比較的自身が知見を持った分野であったとしても、それについてより探求したり、ファイナンスや法律のことを専門家に頼ったりする場合、直接的、または間接的に人から知見を得ることになります。

この知見を提供するとともに、起業家が活動する場も同時に提供するのが、「インキュベーター」または「アクセラレーター」です。そしてこれらはどのような場所にでも存在していますが、起業家を支援することで成立するビジネスモデルである以上、起業家が多く集まる場所に集中して存在しています。

こうした場所では、知見や体系的な学びを得られるだけではなく、物理的な場の提供を通じた事業活動の支援を受けられる上、場合によっては、そもそもそのビジネスを本当に始めるべきなのかを再考する機会を得ることもできます。

前編では、インキュベーター/アクセラレーターのクラスターの中でも、実際に私が現地を訪問したイギリスのケンブリッジ大学内のものについて取り上げます。後編では、ケンブリッジ大学のスタートアップ・エコシステムから生まれたスタートアップの紹介と、私が実際に参加した海外学生向けの短期プログラムについて説明していきます。

800年以上の歴史を持つケンブリッジ

ケンブリッジ大学(University of Cambridge)は、オックスフォード大学と共に英国のトップに君臨し続ける、言わずと知れた英国の名門大学です。そんなケンブリッジ大学はロンドンから北に電車で約1時間ほどの距離に離れた都市、ケンブリッジに位置しています。

ケンブリッジ大学はイギリス伝統のカレッジ制という仕組みを採用しており、学生は31あるカレッジの中から選んで、それぞれのカレッジに籍を置きます。

写真は筆者が滞在したSelwyn(セルウィン) Collegeです。800年以上の歴史を持つケンブリッジ大学のエリアには、このカレッジに限らず、長い歴史を持つカレッジが複数存在しています。

Selwyn College (筆者撮影)

カレッジは学部とは別の枠組みであり、それぞれの学生に担当指導員がつき、少人数制の学習指導が行われています。

例えば、ケンブリッジ大学からの起業家の輩出に重要な役割を果たしているケンブリッジ大学のビジネススクール、「Cambridge Judge Business School」は、ビジネス・経営学部の一部であり、ここに所属する学生はカレッジにも同時に所属して、他学部の学生や教授と交流することができます。こうした背景もイノベーションを創出しやすい環境に繋がっていると言えます。

数字で見るケンブリッジ

Cambridge ahead」が作成したケンブリッジ全体のデータソースである「Cambridge Cluster Insights」によると、ケンブリッジの中心部から半径32マイル(約51km)以内に、延べ2万6千以上の企業が存在しており、多くの雇用を生み出しています。また企業による年間売上額は€48B(約7.6兆円)となっています。

ケンブリッジのエコシステム
出典:Cambridge ahead

参考までに、調査範囲は半径32マイルですが、ケンブリッジ中心部のサイズは約40.7k㎡であり、このエリアの中でほとんどの企業活動が行われています。そしてこれは鎌倉市や那覇市とほぼ同じサイズです。

平成28年度時点で鎌倉市の事業所数は7,226事業所、従業者数は68,800人、那覇市の事業所数は17,339事業所、従業員数は156,031人であることを踏まえると、ケンブリッジ大学を中心として、小さな街にいかに多くの企業が集約しているかが見えてくるかと思います。

参考:鎌倉市(2022)「令和4年(2022年)版 鎌倉の統計

参考:那覇市(2022)「第62回 那覇市統計書 令和4年版

インキュベーターとアクセラレーターは似て非なるもの

冒頭から複数回使用しているインキュベーター/アクセラレーターという言葉ですが、ここでこの用語の意味を簡単に整理しておきましょう。

両者はその語源から意味を考えるとわかりやすいです。まずインキュベーターは「Incubate」から来ており、「(卵を)かえす」という意味から転じて、「(考えなどが)生み出す」という意味を持ちます。つまりアイデア等から事業を生み出す機関のことを意味しています。

そしてアクセラレーターは「accelerate」から来ており、これは「速める」「促進する」などの意味を持ちます。つまり、事業として成立しているものの展開を加速させたり、会社の成長を促進したりする機関のことを意味しています。

辞書的な定義は上記のようになりますが、大きく異なるのは支援の対象と期間です。インキュベーターは創業期からシード期(プロダクト開発や初期市場でのPMF等)までのスタートアップを長期的に、一方アクセラレーターはシード期以降のスタートアップに対して短期間の支援を行います。

以下が、インキュベーターとアクセラレーターの違いを整理した表になります。

近年では双方の性格を併せ持った組織も存在しており、明確な定義がなされていないこともあるため、注意が必要です。

参考:Sony Startup Acceleration Program(2021)「アクセラレーターとは? ソニーの事例も紹介

参考:StartupList(2022)「アクセラレーターとは?インキュベーターとの違いやできることを紹介

20以上のインキュベーター/アクセラレーターがケンブリッジのエコシステムを牽引

話をケンブリッジ大学に戻すと、学内には多数のインキュベーター/アクセラレーターが存在しており、ケンブリッジ大学のスタートアップ・エコシステムの形成において重要な役割を果たしています。

以下が設立年順でまとめた、ケンブリッジの代表的なインキュベーター/アクセラレーターです。

本記事では、

  • St. John’s Innovation Centre
  • Accelerate Cambridge

の2つのインキュベーター/アクセラレーターと、企業が集まる拠点としての

  • Cambridge Science Park

について紹介します。

「St. John’s Innovation Centre」
―欧州で最も歴史のあるイノベーションセンター―

St. John’s Innovation Centre」は、「St John’s College」によって、「St John’s Innovation Park」の一部として1987年に設立された、歴史のあるインキュベーター/アクセラレーターです。現在このパークには豊富な知識を有する企業や各分野においてプロフェッショナルサービスを提供する企業が数多く入居しています。

「St. John’s Innovation Centre」は、ケンブリッジにおいて最も歴史のあるインキュベーター/アクセラレーターであるだけではなく、知識ベースのビジネスのサポートに重点を置いた施設としてはヨーロッパ初の施設でもあります。

センターの総面積は約6,040㎡にもなり、100を超える2人から25人用のスペースが存在しています。

St. John’s Innovation Centre
出典:St. John’s Innovation Park

主要分野はIT、通信、デジタル印刷、GreenTech、エレクトロニクス、デザインなどですが、BioTech、MedTech企業もセンター内にオフィスを構えています。さらにそれらを知的財産アドバイザーや人材紹介企業などのプロバイダーが支えています。

そしてこの施設を利用するのに、ケンブリッジ大学との何らかの関係を持っている必要はありませんが、実際には入居する起業家の多くがケンブリッジ大学の博士課程の卒業生で構成されています。

近年はAI関連技術や量子コンピューターに関連するスタートアップのリリースが続いている「St. John’s Innovation Centre」ですが、長い歴史の中で、toB、toC問わず世界的に有名になった数多くのスタートアップを輩出排出してきました。

Autonomy Corporation plc

出典:Wikipedia

「Autonomy Corporation plc」は、1996年にケンブリッジ大学内の研究から生まれ、「St. John’s Innovation Centre」に所属したエンタープライズソフトウェアの企業です。その後はコンピューターのブランドとして有名なHPによって買収され、「HP Autonomy」とされました。

参考:Crunchbase “Autonomy Corporation

Jagex Ltd

出典:Jagex

Jagex Ltd」社は、「St. John’s Innovation Centre」内で1999年に設立された、ビデオゲームの開発と出版業を扱う企業です。

インターネットへの定額常時接続が普及していった頃である2002年に、Javaで実装されたMMORPGの「RuneScape」をリリースすると瞬く間にユーザーが増加し、世界で最も人気のある基本プレイ無料のMMORPG としてギネス世界記録に認定されました。

「Accelerate Cambridge」
―ビジネススク―ルが提供するアクセラレーター―

Accelerate Cambridge」社は、2012年5月に「Cambridge Judge Business School」によって設立されたアクセラレータ―です。

「Accelerate Cambridge」は、スタートアップの経営チームに対して、構造化された、オンライン講義、ワークショップ、毎週のコーチングとメンタリングを組み合わせた10週間のプログラムを提供しています。

2013年からの支援企業数は338社に上り、そのうち68%の企業が活動を続けています。さらにその多くの企業がケンブリッジ大学の学生、卒業生、教職員、大学職員、ケンブリッジの都市住民によって創業されたものです。

支援している分野は様々ですが、特にHealthTech関係の割合が高くなっています。

支援されたスタートアップの産業分野比率
出典:University of Cambridge Judge Business School (2023)

本記事では、そのHealthTech分野で興味深い事業を展開しているスタートアップ「bit bio」を紹介します。

bit bio

出典:bit bio

bit bio」社は、2016年に創設された、研究、創薬、細胞治療のためにヒト細胞を提供する合成生物学会社で、2023年までに$145M(約210億円)を調達しているHealthTechのスタートアップです。

技術の詳細は極めて高度であるため割愛しますが、特許獲得済みの技術を用いて、iPSC(iPS細胞)を特定の細胞として発現させ、それを研究機関等に提供しています。

取締役会の議長はDr Hermann Hauserであり、彼はケンブリッジで博士号を取得したのちに「Acorn」を創業し、そこからスピンオフする形で、後編で紹介する「arm」社の共同創業者となったシリアルアントレプレナーです。

「Cambridge Science Park」
―大規模な企業集約施設が生むコラボレーション―

Cambridge Science Park」は、上記で紹介した2つのインキュベーター/アクセラレーターとはやや異なり、様々な企業のために活動の場を提供することが主目的です。

スタートアップにフォーカスしているわけではないため、純粋なインキュベーター/アクセラレーターとは少し違いますが、ケンブリッジ大学のスピンアウト企業が多数入居していることや、ケンブリッジ大学出身の起業家との接点を創出していることから、一種のインキュベーター/アクセラレーターとして見なしても問題はありません。

このパークは、1970年に、「Trinity College」が保有する土地に設立されました。以来テクノロジーの中心地として、「Cambridge Phenomenon」(ケンブリッジ現象―大学とハイテク企業が産学連携し、研究技術を用いてスタートアップを創出しようとする動き―)において極めて重要な役割を果たしてきました。

参考:日経xTECH(2009)「ケンブリッジ現象

敷地は約150エーカー(東京ドーム約13個分)と広大で、170を超える企業が所属しています。その半分が10年以内に設立されたスタートアップであり、また全体の約61%がケンブリッジ発祥の企業です。さらに敷地内には、企業以外に、清華大学のインキュベーターの英国拠点である「Bio-Innovation Centre (TusPark)」も進出しています。

パークに属する企業の分野は様々ですが、例えば個別化医療やAI、IoT、国防まで、どれも将来や生命活動に影響が出るような高度な分野に取り組んでいる企業が大半です。パーク運営からの支援だけではなく、入居している企業同士の交流も、コラボレーションやイノベーションを生み出す要因となっています。

Owlstone Medical Ltd

Owlstone Medical Ltd」社は、2015年に「Cambridge Science Park」に入居し、がん、炎症性疾患、感染症の非侵襲的診断に重点を置き、疾病用呼気分析装置(「病気版のアルコール検知器」)の開発を行っています。同社は10万人の生命と15億ドルの医療費削減を目指しています。

血液の採取や精密検査に頼らずとも、呼気内の飛沫や揮発性有機化合物(VOC)といったバイオマーカーから病気を検出することができます。

2021年のシリーズDラウンドでは$58M(約84億円)を調達し、総調達額は$150M(約217億円)を超えている注目のスタートアップです

おわりに

いかがでしたでしょうか。前編ではインキュベーター/アクセラレーターという切り口から、ケンブリッジ大学を中心としたスタートアップ・エコシステムの紹介を行いました。後編ではケンブリッジ発のスタートアップと、私が参加した海外学生向けの短期プログラムの紹介をします。


投稿者:近藤 碧

京都大学経済学部経済経営学科在学(-2025.3)。大学では、ゼミでスタートアップの経営戦略に関するリサーチ・研究に取り組んでいる。2023年9月より、京都大学大学間学生交流協定に基づく交換留学生としてKoç Universityに派遣され、半年間トルコのイスタンブールに滞在した。
2022年よりRouteXでインターンシップを開始し、業界リサーチから海外スタートアップの日本進出支援まで幅広い案件を担当。
趣味は愛車の大型バイクに乗ることであり、バイク部にも加入している。


今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。

RouteXは、
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