2021年Viva Techでマクロン大統領が語ったこと
2021年6月16〜19日、フランスの首都パリで、ヨーロッパ最大のテックカンファレンス”Viva Technology”(通称:Viva Tech)が開催されました。
Covid-19によって2020年は惜しくも直前で中止となってしまったViva Techですが、今年は現地の会場とオンラインプラットフォームを組み合わせて開催するハイブリッドな形式にて実施されました。
現地渡航による金銭的負担やHopin等優れたUXを提供するプラットフォームの存在によって、今後ハイブリッドによるカンファレンス実施の流れは続いていくことでしょう。
Viva Techでは、毎年テック業界の大物経営者や、スタートアップ・エコシステムにおいて重要な役割を果たす投資家・政治家などが多く登壇することで知られています。今年も、Apple CEOのTim Cook(ティム・クック)やFacebook CEOのMark Zuckerberg(マーク・ザッカーバーグ)、Zoom CEOのEric Yuan(エリック・ユアン)などが登壇しました。その豪華さと当日彼らから語られたトピックについては枚挙にいとまがありません。
その中でも、ことエコシステムとしての「フランス」に視聴者を着目させる上で欠かせないのは、現フランス大統領のEmmanuel Macron(エマニュエル・マクロン)氏ではないでしょうか。国のリーダーである大統領が毎年テックカンファレンスに登壇し、エコシステムの今後の展望について語る…これだけでも大きなインパクトのあることですが、今年は、
”A Conversation Between President Emmanuel Macron and European Scale-Ups”
と題し、スウェーデン発のユニコーン企業Klarna(クラルナ)等4社のスケールアップ(レイターステージ・スタートアップ)とマクロン大統領による約1時間のセッションが行われました。
アメリカや中国と比較しながら、ヨーロッパにはスタートアップのEXITを促す市場が活性化していることをマクロン氏は幾度も強調しています。ロンドンの投資銀行ロスチャイルドでの勤務経験があるマクロン氏の強みが最も活きる領域であるとともに、BREXIT後のEUにおけるスタートアップシーンを、フランスが牽引していくことを対外的に強く印象付けたと思います。
このように、マクロン大統領のリーダーシップは、フランスのスタートアップ・エコシステムに大きな影響を与えてきました。その過去と現在を確認するとともに、今後のフランスのスタートアップ・エコシステムの未来について、リーダーシップの目線から見ていきたいと思います。
政府のリーダーシップがもたらしたフランスのスタートアップ・エコシステムの急速な成長
”I want France to be a Startup Nation.”
これは、2017年6月のViva Techにてマクロン大統領がキーノートにて語った一説です。
大統領に就任したのがちょうどその前月であり、今年でちょうど5期目に入る本政権が現在も”Startup Nation”の実現へと前進を続けていることは、現在のフランスのスタートアップシーンを見れば明確でしょう。
Atomicoのレポートによると、2020年のフランス国内におけるスタートアップ投資額は52億ドル(約5700億円)とヨーロッパではイギリスとドイツに次ぐ3番目の数字となっています。
もともとフランスは優秀な起業家が国外へと流出する”Tech Backwater”(テック産業の僻地)とされてきました。世界有数の数学教育を通じて多くのテック人材を輩出するものの、リスクマネーの供給が少ないため、成功を目指す起業家はアメリカへと向かった歴史があります。
- Snowflake(クラウドプラットフォーム)
- Eventbrite(イベント管理プラットフォーム)
- Moderna(mRNAワクチンの開発)
等、10億ドル以上の規模となったアメリカ発企業の創業者はいずれもフランス人です。このようにより多くの機会を求めて人材が他国へと流出し、フランス国内ではスタートアップが成長する基盤が十分でない時期を過ごしていました。
その潮目を変えたのが政府を中心とした一貫性のある施策です。このような施策を通じて2021年7月現在、フランスでは17のユニコーンが誕生しています。
(情報源:The Complete List Of Unicorn Companies by CB Insightsより)
では以降それぞれの施策について、ご紹介します。
1.“French Tech”コミュニティを通じた全方位的なスタートアップ支援
フランスのスタートアップが語られる場では必ずといっていいほどFrench Techの鶏のマークが掲載されています。2013年から運用が始まり、2015年から海外でのオフィス展開が始まったFrench Techは、フランスのスタートアップやエコシステムの発展を促進する公的機関です。
毎年グローバル展開が期待される国内120社のスタートアップを選択し、支援する”The French Tech Next40/120 Program”や、国外からの起業家を国内に誘致する目的で優先的なビザを発行するFrench Tech Visaなど、その支援は多岐に渡っています。
直近では、フランスの経済誌Les Echosにて、French Techのディレクターを務めるKat Borlongan(キャット・ボーロンガン)氏の特集が掲載されていました。歴史上アフリカをはじめとした移民が多いフランスでは、移民に関する問題が国家分断の一つの要因とされていますが、彼女はフィリピン系の移民でありながらフランスのスタートアップシーンを牽引する存在として任務を全うし、エコシステムの発展に貢献しています。フランスのエコシステムでは近年、人種を問わず優秀な人材に機会を提供することを特に注力しているように感じます。
弊社がメンバーを務める日仏経済交流委員会(CEFJ)のイベントにて、ボーロンガン氏が登壇した様子は以下にて取り上げています。
また、Y Combinatorを経てパリにて起業したモーリシャス出身の起業家にインタビューをした記事は以下となります。
合わせてご覧ください。
2.国外のテック企業をフランスに誘致
この切り口でマクロン大統領が注力していたのは、世界に大きな影響力をもつテック企業を、ロビー活動を通じて誘致することです。これまでにFacebookやGoogle、Samsung、Fujitsuなどがフランス現地に研究所を設立し、現地の豊富な理系人材とともに自社の研究開発を進めています。
ローカルエコシステムにとってこのようなテック企業が存在することは、人材面や事業開発面で非常に大きな役割を果たします。例えば、フランス最大のインキュベーション施設Station Fでは、FacebookやMicrosoftが独自のアクセラレーションプログラムを継続的に実施しており、現地のスタートアップや研究者との連携を加速させる動きを見せています。このような取り組みはスタートアップにとって大企業との協業によって事業をさらに拡大させる大きな機会となります。また、大企業からのスピンアウトや元大企業の研究者がスタートアップの経営者として起業側へとまわることも有機的なエコシステムでは往々にして起こっており、フランスではそのステップを着実に踏んでいると言えるでしょう。
大統領選挙がエコシステムに与える影響
国内市場から欧州市場、さらに世界中でその存在感を高めるフランスのスタートアップですが、直近で迎える転換点の一つはは2022年4、5月におこなわれるフランス大統領選挙ではないでしょうか。
第一生命経済研究所のレポートによると、前回2017年の大統領選挙と同様に今回も現大統領のマクロンと極右政党のLe Pen(ルペン)候補の一騎打ちとなる様相を示しているものの、その差がさらに縮まる接戦が予想されています。前述の移民問題に加えてユーロ離脱、さらに直近のCovid-19に対する政策等総合的な判断が国民によってなされることとなりますが、右肩上がりの成長を続けユーロ圏でのイニシアチブを握りつつあるスタートアップ・エコシステムの観点では、仮に極右政党への移行となった場合にマイナス影響になることは避けられないでしょう。
今後本件に関する具体的なマニフェストが公開されると考えられますので、その内容次第で行く末を占うことができるのではないでしょうか。
起業家人材が牽引する有機的なエコシステムへ
本大統領選挙によるフランスのスタートアップ・エコシステムに対する影響を、実際に現地のプレイヤーはどのように感じているのか、複数人に直接話を聞いてみると以下のような回答が返ってきました。
- 現地のエコシステムプレイヤーにとって、マクロン大統領のリベラルな思想は好意的に受け止められているとともに、起業時の支援金提供政策やCovid-19時のスタートアップに対する対応などイノベーション創出に対する取り組みは有益だと感じている。
- ルペン候補が次期大統領となった場合、支援金の削減などに影響が出ると考えており、界隈でも注目されているトピックの一つである。
- 一方、起業家人材のメンタリティが当選することによってエコシステム全体として落ち込んでしまうことは考えづらい。マクロン大統領の就任以前からスタートアップに対する熱は高まっていたこともあり、政権を問わず民間主導のエコシステム発展は続いていくのではないか。
スタートアップ・エコシステムを構成する要素は多岐に渡りますが、重要な要素の一つである起業家自身のメンタリティがローカルに強く根付いていることを感じます。このことからもフランスのスタートアップ・エコシステムは今後も破壊的イノベーション創出のホットスポットとして成長を続けていくことが考えられます。
一方で、Bpi France等公共の起業家助成やその他リスクマネーの供給は先を見通せない部分もあり、他のエコシステムでも国外の起業家を招致する取り組みは積極的に行っていることから、優秀な人材が他国へと流れてしまう危険性はあるという見方もできるのではないでしょうか。
まずはこれから来年前半にかけての現地での展開に注目しつつ、今後も定期的に本ページにてフランスのスタートアップエコシステムについて紹介していきます。
投稿者:塚尾 昌浩
サンフランシスコにて実施されたTechCrunch Disrupt SFでの現地取材でスタートアップ・エコシステムの可能性に衝撃を受け、以来エコシステムの並行分析とDeepTech領域に注力。
中でもフランスはエコシステム発展の典型事例として特に注目している。
食に、ワインに、サッカー観るのも好きなので相性はばっちり?
直近の目標は、フランスで現地の友人とサーフィンとワイン巡りをすること。
RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
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