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記事一覧 > DeepTechスタートアップが直面する“二重リスク”に対応する方法


はじめに ― 技術リスクと市場リスクの“二重苦”を乗りこえるために

DeepTech スタートアップにとって、難解な技術を形にする 技術リスク と、その技術を誰がどのように使い、いくら払うのかを見極める 市場リスク は、しばしば表裏一体です。特にロボティクスや量子コンピューティングのように市場がまだ十分に成熟していない領域では、両リスクが同時に最大化し、資本・時間・人材の三重苦を招きます。本稿では馬田隆明氏によるスライドを参考に、 市場リスク=技術を事業として世に出す際に顕在化する需要・規制・資本・競合の不確実性 と定義し、海外2社のケーススタディ(Figure AI と PsiQuantum)から抽出した「4+α 原則」を通じて、その不確実性を設計的に低減する視座を提示します。


第1章 技術リスクと市場リスクを切り分ける――4象限マッピング

4象限で俯瞰する:技術リスク × 市場リスク

技術リスクを縦軸、市場リスクを横軸に置いた4象限マップを用意すると、DeepTech は技術リスクが高い上側にあります。その中でも、汎用ヒューマノイドロボットや光量子コンピュータは市場リスクも高い右上に配置されます。この象限では、開発に巨額資本と長期時間軸が必要である一方、需要規模が明確でなく、事業化の判定基準が曖昧になりやすいのが特徴です。

出典:Takaaki Umada / 馬田隆明『Deep Tech スタートアップとは何か』

DeepTech が陥りやすい「高リスク二重苦」ゾーン

両リスクが高い領域では「研究成功 → 試作品完成 → 量産」という線形モデルが機能しません。技術面の遅延は曖昧な需要をさらに曖昧にする可能性があり、逆に市場要求の変化は再設計を強いることもあります。こうした悪循環を断ち切るには、技術ロードマップと市場検証を同時進行させる非線形プロセスが不可欠です。

技術課題が長期化すると PoC の実施時期が後ろ倒しとなり、その間に顧客の期待値が下がってしまうリスクが生じます。資金も時間も尽きる前に市場の確度を高める仕掛け――これこそが第四章で紹介する「4つの実践原則」です。


第2章 技術×市場フィットを見極める4つのレンズ

第1章では、DeepTech が抱える技術リスクと市場リスクを4象限で俯瞰し、両者が相互に作用して事業化を難しくする構造を確認しました。本章では、その“谷間”を埋めて技術を市場に載せるための4つのレンズを提示します。これらの視点を用いることで、自社技術が「誰の」「どの課題」を解決し、どの環境でスケールし得るかを立体的に評価できるようになります。

  1. 顧客課題レンズ(Problem–Pain Fit)
    深刻度・頻度・既存代替の有無を定量化し、技術が本当に“痛み”を解決するかを測定します。課題の強さが弱い場合、市場投入前にピボットまたは追加機能の検討が必要です。
  2. 技術適合レンズ(TRL × IRL)
    技術成熟度(Technology Readiness Level)と統合準備度(Integration Readiness Level: NASA/DoD が提唱した概念で、技術が実運用環境にどれだけ組み込めるかを測る指標)を掛け合わせ、現場導入に求められる追加開発・カスタマイズ工数を可視化します。TRL が高くても IRL が低ければ採用が進まず、逆もまた然りです
  3. エコシステム/インフラレンズ
    サプライチェーン、規格、プラットフォームなど外部補完資産の整備状況を評価します。欠落部分はパートナー連携か自社開発かを判断し、どこで競争優位を握るかを設計します。
  4. 価値捕捉レンズ(Monetization & Scaling)
    価格受容度、収益モデル、拡張性を検証し、スケール時のマージンと資本効率を試算します。単発売切りモデルでは、後続投資を賄えず事業が縮小するリスクがあります。

章末では、4レンズの要点をチェックリスト形式で整理し、次章のケーススタディで各レンズが実際にどのように機能したかを照合します。

ここからは、Figure AI と PsiQuantum という二つの海外事例を取り上げ、4つのレンズがそれぞれの事業開発プロセスでどのように機能したのかを具体的に追跡します。両社は領域も規模も異なりますが、技術を市場に載せるうえで共通する要点を確認します。


第3章 ケーススタディ

Figure AI ― 汎用ヒューマノイドはどこから市場を切り拓くか

Figure AIは2022年、米カリフォルニア州で設立された汎用ヒューマノイド開発スタートアップです。主力製品「Figure 02」は身長約1.68m、重量約70kgという仕様を備えています。2024年にはBMWと提携し、サウスカロライナ州スパータンバーグ工場の組立ラインへの試験導入を開始しました。2025年3月時点では、Figure 02が同工場で金属部品を搬送するなど、限定的な業務を担う形で運用されています。

市場戦略としては、労働力不足が深刻な物流倉庫を初期導入先に選定し、実運用データを蓄積したうえで、その成果を製造業やサービス業へ段階的に展開していく計画です。BMWとの契約は、概念実証(PoC)の成功を条件として導入規模を拡大するマイルストーン付き LOI(基本合意書:Letter of Intent)となっています。

パートナー戦略としては、LG Innotekとカメラモジュール分野で協業を進めるほか、試作費用や量産投資をパートナー企業と分担する共同開発体制を構築することで、資本負担とリスクの低減を図っています。

技術×市場フィットの4つの観点

  • 顧客課題レンズ
    物流倉庫の慢性的な人手不足という明確な課題をターゲットに設定し、PoCデータで費用対効果を検証しています。
  • 技術適合レンズ
    Figure 02の技術成熟度(TRL)やシステム統合度(IRL)について公式な評価は公表されていませんが、BMW工場での実証を通じて現場での有用性を段階的に検証しています。
  • エコシステム/インフラレンズ
    LG Innotekとのセンサーモジュール協業やBMWとのライン統合によって、外部パートナーの技術資産を活用しています。
  • 価値捕捉レンズ
    パートナー企業との共同開発体制を取り入れ、段階的な投資で資本効率の向上とリスク分散を図っています。

PsiQuantum ― 大規模光量子コンピュータの市場ロードマップ

PsiQuantumは2016年に設立された量子コンピューティング企業で、シリコンフォトニクス技術を用いた100万キュビット規模のフォールトトレラント量子コンピュータの開発を目指しています。創業メンバーには英国ケンブリッジ大学出身者が含まれますが、現在は米国カリフォルニア州パロアルトに本拠を置いています。

同社はGlobalFoundriesとパートナーシップを結び、米ニューヨーク州の半導体工場で量子チップの製造体制を構築しています。

PsiQuantumは、化学シミュレーション、金融、気象分野など計算リソース需要の高い領域を主要ターゲットとし、産業パートナーと共同でアルゴリズム開発に取り組んでいます。また、米国の政府機関から、補助金や政策的支援を受けながら、GlobalFoundriesの半導体工場を活用して大規模な資本投下とリスク分散を図る戦略を採用しています。

技術×市場フィットの観点

  • 顧客課題レンズ
    化学、金融、気象など、膨大な計算リソースを必要とする分野をターゲットに、産業パートナーと共同開発を進めています。
  • 技術適合レンズ
    GlobalFoundriesとパートナーシップを結ぶことで、製造インフラとの親和性を高めています。
  • エコシステム/インフラレンズ
    半導体ファブ、政府研究予算、産業パートナーを巻き込むマルチパートナー体制を構築し、外部の補完資産を活用しています。
  • 価値捕捉レンズ
    産業パートナーとの共同開発や政府支援を活かし、初期投資負担の軽減とリスク分散を両立する資本戦略を展開しています。

第4章 技術を市場に“載せる”ための4つの実践原則――Figure AI と PsiQuantum から読み解く

DeepTech スタートアップが抱える本質的課題は、「卓越した技術をいかにしてフィットする市場へ載せるか」という一点に尽きます。Figure AI と PsiQuantum の事例を重ね合わせると、技術と市場をつなぐプロセスは次の4ステップに整理できます。

1. 課題の強さを定量化する ― 顧客課題レンズ
Figure AI は物流倉庫の労働力不足を、稼働率・欠員率・代替コストで数値化し、「ヒトの代わりにロボットを投入した場合の ROI」を明示しました。PsiQuantum は化学・金融・気象領域の“計算待ち時間”を分単位で提示し、量子計算による短縮効果をシミュレーションしています。共通点は “痛み”を数値で示し、技術導入がもたらす経済価値を可視化した 点にあります。

2. 技術パッケージを現場仕様に調律する ― 技術適合レンズ(TRL×IRL)
Figure AI は BMW 工場のライン速度や安全基準に合わせて Figure 02 の動作レンジをチューニングし、システム統合度(IRL)を段階的に高めました。PsiQuantum もシリコンフォトニクスにこだわることで既存 CMOS プロセスを利用できる状態まで技術パッケージを落とし込み、製造インフラ側の IRL を押し上げています。技術そのものより「技術+周辺仕様」の完成度を高めるアプローチが共通します。

3. 補完資産を巻き込んでスケール設計を先取りする ― エコシステム/インフラレンズ
両社は早期に外部パートナーを招き入れています。Figure AI は LG などデバイス企業、BMW などエンドユーザー企業と並行して連携し、ハード・ソフト・実装現場の3レイヤーを統合。PsiQuantum は GlobalFoundries や国家機関を巻き込み、量産工場と研究開発ファンド双方のインフラを確保しました。自社に欠ける補完資産を“前倒しで縫い合わせる”ことで市場投入後の加速度を担保しています。

4. 価値捕捉モデルを段階設計する ― Monetization & Scaling レンズ
Figure AI は PoC → 条件付き LOI → RaaS(Robot‑as‑a‑Service)という3段ステップで、顧客の初期投資を抑えつつリカーリング収益を確保するモデルを採用。PsiQuantum は政府補助金と産業パートナーの長期利用契約を組み合わせ、巨額の初期 CapEx を外部化したうえで成果報酬に近い形でマネタイズする計画を描いています。収益化のタイミングと投資負担のバランスを設計段階で織り込むことが、両者に共通する市場リスク低減策です。


おわりに ― 技術と市場を同時にデザインする経営へ

本稿で検証してきたとおり、DeepTech スタートアップが直面する本質的な課題は 「技術リスクと市場リスクという二重苦を、いかに同時に扱うか」 に集約されます。

Figure AI と PsiQuantum の事例は、この枠組みが「巨額の資本・長期の開発・高い不確実性」が絡み合う領域でも有効に機能し得ることを示しています。二社はそれぞれ異なる産業でありながら、リスクを可視化しながら“前倒しで設計”するという共通アプローチによって、技術と市場を同時に引き寄せています。

要するに、DeepTech における経営とは 「卓越した技術を発明すること」だけではなく、「技術と市場を同時にデザインし続けること」も求められます。

弊社ではDeepTechスタートアップの事業開発における新たなモデルとして、”プル型”事業開発を提唱しています。これはアーリー段階で技術と市場を同時にデザインするために、研究成果と事業計画を市場へ提案・発信していくもので、スムーズなPMF及び顧客拡大を狙うものです。詳しくはこちらをご覧ください。

本稿が、皆さまの一助となれば幸いです。


今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。

RouteXは、
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によって、事業会社における効率的な事業開発を実現します。

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