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記事一覧 > 技術の活路を世界に求める─DeepTechスタートアップと海外M&A戦略


第1章では、日本のDeepTechスタートアップが直面するEXIT戦略のジレンマ──IPOにもM&Aにも適さない構造的不整合──を明らかにしました。本章では、その打開策の一つとして「海外M&A(バイアウト)」という選択肢に焦点を当て、実際の市場構造や戦略設計の方向性を解説します。


海外M&Aのリアル:欧米で“買収が前提”となる理由

日本とは異なり、欧米ではM&Aがスタートアップの主要なEXIT手段として機能しています。これは単なる市場の大きさの問題ではなく、構造的な違いが存在しています。

欧米の産業界では、たとえば製薬、エネルギー、宇宙、素材といった分野において、革新的技術を社内でゼロから開発するのではなく、有望なスタートアップを早期に買収し取り込むことが競争戦略として定着しています。米国では、Flatiron Health(医療AI)、Grail(がん早期検出)、Aurora Flight Sciences(航空AI)など、シリーズA〜Cといった比較的早期の段階で大手企業に買収されるケースが多く、買収は“成長戦略”の一部として日常的に行われています。スタートアップ側も、あらかじめそのようなバイアウトを想定した経営設計を行うことが一般的です。

さらに、米国にはSBIR/STTRプログNIH/DARPAなどの非希薄化資金による研究開発支援制度が存在し、スタートアップは一定の資本的余裕を持った状態で技術開発に取り組むことが可能です。これにより、商業化を焦ることなく、長期的な視点で技術を磨き上げたうえで、最適なタイミングでM&Aに至る戦略が取られています。

欧州でも同様に、Bpifrance(フランス)やIgnite Sweden(スウェーデン)などがスタートアップと産業企業をマッチングする仕組みを提供し、買収が「技術実装の手段」として積極的に活用されています。M&Aが「事業承継」ではなく「産業競争力強化の選択肢」として根付いていることが、欧米のスタートアップエコシステムを支える重要な要素となっています。


EXITレディネスの実践知:DeepTechが備えるべき5つの条件

欧米では戦略的買収が当たり前の選択肢として機能していますが、日本のDeepTechスタートアップが同じ土俵で戦うには、自社の“売られる準備”が整っていることが前提条件になります。すなわち、技術や知財が優れているだけでは足りず、スタートアップ自身が「買収対象として見える化」されている必要があります。

その概念となるのが「EXITレディネス」です。

「EXITレディネス」とは、スタートアップがM&AやIPOなどの「出口戦略」に向けて、スムーズかつ価値最大化された取引を実現するために、あらゆる面で事業の準備、またはそれらが整っている状態を指します。

単なる「EXIT直前の対策」ではなく、早期から戦略的に準備を進めることで、選択肢の幅が広がり、投資家・買い手との交渉力も高まります。特にDeepTech領域においては、技術の専門性や商業化までの時間軸の長さから、他業種とは異なる視点でのレディネス設計が求められます。

特許庁『M&Aを活用してディープテック・スタートアップを発展させる!』では、DeepTechスタートアップが特に意識すべき観点として、以下の5点が提示されています:

  • 商業化前のM&Aを前提にしたグロース設計:売上が立っていない段階でも、技術、ノウハウ、知財、人材といったコア資産が買収対象になることを理解し、それらの価値を可視化しておく。
  • 技術実装を重視した産業連携設計:技術がどの産業プレイヤーのバリューチェーンに組み込まれるか、その仮説をもとに事業開発を行う。
  • 知財戦略や契約設計の整備:譲渡予約、ライセンス契約、知財の共同保有に関する条項を、将来的な買収を見越して整備しておく。
  • PoCや業務提携段階からの布石:NDA、共同研究契約、実証契約の中に、将来的な出資・買収に向けた意図をにじませておく。
  • ステークホルダーとのEXITマインドセット共有:大学、投資家、顧問弁護士、業界パートナーなどに対して、自社がどのような企業に“買われたい”のかを戦略的に伝える。

“買われる未来”を設計する:DeepTechのための実践戦略

DeepTechスタートアップが実際に“買われる未来”を現実の戦略として設計するには、より実践的なアクションが求められます。以下では、前章で紹介した5つの観点を踏まえ、それぞれを事業運営に落とし込む方法を具体的に解説します。

1. 商業化前のM&Aを前提にしたグロース設計

多くのDeepTechスタートアップにとって、黒字化は非常に遠い目標です。にもかかわらず、M&Aを「売上のある会社の話」と捉えると、成長のチャンスを自ら遠ざけてしまうことになります。必要なのは、売上ではなく「資産としての価値」を明示することです。

たとえば、技術の独自性やリードタイム、製造プロセスにおける非模倣性、研究者や開発陣の専門性などを明文化し、ピッチ資料やIR文書に反映していく。こうした情報は、将来的な買収交渉の起点になります。

2. 技術実装を重視した産業連携設計

バイアウトを成立させるには、「この技術が我が社のどこに組み込めるか」が想像できる状態である必要があります。たとえば、特定産業のバリューチェーンにおいて、自社技術がどこに位置づくのか──製造工程、原材料、モジュール、エネルギー管理など──を明確に仮説立てし、それをもとに共同開発や実証実験を進めるのが効果的です。

また、顧客の声や現場との接点を積極的に情報化することで、買収後の統合イメージを描きやすくなります。

3. 知財戦略や契約設計の整備

DeepTechスタートアップにとって、知財は単なる“守り”ではなく、“買われるための攻め”の道具です。特許出願は国内外の買収検討者に対する「アピール材料」であり、共同研究・譲渡予約・ライセンス契約などの条項整備は、M&Aの手続き簡素化に直結します。

また、複数の研究機関と共同出願している場合などは、EXITの障害になりかねないため、早期から顧問弁護士と連携し、整理・一本化の準備を進めておくことが望まれます。

4. PoCや業務提携段階からの布石

M&Aはある日突然決まるものではありません。むしろ、業務提携や共同実証といった“非資本提携”の段階から、買収の目線で布石を打っておくことが必要です。

たとえば、NDAに買収交渉を前提とした情報共有の条項を含めたり、実証結果の成果物を資産として整理しておいたりすることで、将来的なM&Aに向けた材料を蓄積することができます。

5. ステークホルダーとのEXITマインドセット共有

DeepTechスタートアップは複雑なステークホルダー構造の中で動くため、EXIT戦略を共有しないまま進むと、いざM&Aというタイミングで利害調整が難航するリスクがあります。

そのため、創業初期から大学、投資家、共同研究先、顧問といった主要プレイヤーに対して「どんな企業に買われたいか」「どのタイミングでEXITを想定しているか」といったメッセージを発信しておくことで、意思統一が図られ、よりスムーズな買収プロセスを迎えることができます。

このように、EXITレディネスは単なるチェックリストではなく、事業戦略そのものを買収を前提に設計するという“意図の設計”にほかなりません。DeepTechスタートアップは、自らの技術を最大限活かしてくれる相手に「発見され、理解され、価値付けされる」状態を作り出す必要があります。それこそが、グローバルで“買われる”未来を設計するということなのです。


結論:なぜいま、DeepTechは“戦略的M&A”を目指すべきか

国内にとどまり続ける限り、DeepTechの技術価値は「黒字化」や「プロダクト化」の指標でしか測られません。しかし、産業インパクトや社会実装という観点から見れば、“誰に買われるか”を起点とする出口戦略こそが、DeepTechにとって最も自然な帰結ではないでしょうか。

次章では、実際に日本発で海外M&Aに至った事例や、そこに至るプロセスの具体例を紐解いていきます。


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