はじめに
日本では近年、環境問題や社会的責任の重要性に対する認識が高まり、SDGsへの取り組みやプラスチック削減などの積極的なサステナビリティ活動が展開されています。しかし、再生可能エネルギーの普及不足や人口密度の高い都市におけるサーキュラーエコノミーの構築など、課題も残されています。
そこで、本記事では世界でもサステナビリティにおいて先導的な存在である欧州から、特にフランスをピックアップし、フランスのトレンドを紹介します。さらに、具体的にどのようなスタートアップが生まれていて、どのような課題に対処しているかについてもあわせて紹介します。
サステナビリティ活動の発起
そもそもサステナビリティとは何か。
サステナビリティとは、環境、公平性、経済のバランスを意味します。
この概念は、1987年に国連の「環境と開発に関する世界委員会」が発表した報告書「Our Common Future」を契機に注目を集め、1992年の地球サミット、1997年の京都議定書、そして最近では2015年の持続可能な開発目標(SDGs)の採択に至りました。
特に、2015年に国連加盟国全体で採択された「2030年までに持続可能な開発を達成するための国際的な目標、持続可能な開発目標(SDGs)」は、経済、社会、環境のバランスを取りながら、貧困削減から気候変動対策まで、幅広い課題に取り組むための包括的な枠組みを提供しています。
SDGsの枠組みが国連で採択されて以来、EUではSDGsを政策立案の基盤として捉え、様々な産業・分野において欧州全体としてSDGsへの取り組みを加速させる政策を掲げてきました。
特に、その中でも2019年にEUが発表した「欧州グリーンディール」は、2050年まで気候中立を目指すための成長戦略および各分野における政策が含まれており、EUに加盟している各国のSDGs政策の根幹となっています。
EU全体の積極的なイニシアティブが追い風となり、さらにEU各国が独自の政策を採用することで、EU全体が世界的にSDGsを先導する存在となっています
世界各国のSDGsを17の各目標ごとに定量化しているSustainable Development Report 2023によると、2023年におけるSDGsランキングの上位20位の国は全て欧州諸国であり、これは世界平均やOECD加盟国平均、そして日本(21位)と比較すると、欧州全体がどれほど積極的にSDGsに取り組んでいるかが理解できます。
さらに、フランスは全世界で6位のSDGs指数を獲得しており、サステナビリティを先導する欧州の中でも特に存在感が高い国と言えます。
フランスのサステナビリティ市場
また、フランスはSDGsの枠組みを採択するパリ協定の主催国として、協定の交渉や合意形成におけるリーダーシップを発揮し、さらにSDGsへのコミットメントの一環として2019年に2030年に向けたロードマップを策定しました。
このロードマップでは、フランス全土のステークホルダーが共通の課題認識を持つことができるように6つの優先課題を設定しており、それぞれの課題に対して持続可能な社会の構築を行うための行動指針を参照することができます。また、このロードマップはフランス政府主導で作成されていますが、作成段階から300を超えるステークホルダーが参加し、さらに定性的および定量的なコミットメントを明確にすることで、国全体のすべての関係者を巻き込みながらSDGsに対する取り組みを加速させています。
それでは、フランスが設定している6つの優先課題をご紹介します。
1. “Leave no one behind” あらゆる種類の差別や不平等と戦い、全ての人に同じ権利、機会、自由を保証する
2. 低炭素戦略を実施し、自然資源を保全することで、社会モデルを変革し、気候、地球、およびその生物多様性に対処する
3. 持続可能な開発教育と訓練に焦点を当て、持続可能な開発の課題に適応した行動とライフスタイルの変革に注力する
4. 全ての人々の健康と幸福のために、健康的で持続可能な食品と農業に焦点を当てて行動する
5. 市民に対して政府のSDGs活動への積極的な参加を促し、試験的なプロジェクトや地域イノベーションを増やすことで変革に貢献する
6. 持続可能な社会、平和、連帯のために、欧州および国際レベルで活動する
フランスでは、政府の強いリーダーシップのもとでサステナビリティに取り組んでいますが、こちらのロードマップで述べられているように、この取り組みの成功にはフランスのすべてのステークホルダーの協力が不可欠です。
次に、フランスのサステナビリティ活動を支えるいくつかのステークホルダーをご紹介します。もちろん、ステークホルダーには様々な種類が存在し、それぞれのステークホルダーが持つ機能も重複することがありますが、フランス政府によると、スタートアップコミュニティにおいては、①インキュベーターやアクセラレータ、②投資家、③大企業、④政府機関、⑤大学や研究機関、の5つのステークホルダーに大別されます。続いて、5つのステークホルダーが、フランスのサステナビリティ活動をどのように支えているのか、項目別に紹介します。
①インキュベーターやアクセラレーター
フランス発の代表的なインキュベーターとしては、STATION Fが挙げられます。STATION Fは2017年にフランス・パリにオープンし、現在は日本を含む世界中の国々がスタートアップ・エコシステムの発展のモデルケースとして注目しています。
この施設では、スタートアップだけでなく、ベンチャーキャピタルや大企業、支援機関など、多くのエコシステムプレーヤーが集まり、フランスのスタートアップ・エコシステムを代表する存在です。
また、STATION Fが提供するリソースやネットワークを活用して、スタートアップの起業家を支援するプログラム「Founders Program 2.0」やスタートアップのスケーラビリティを支援するプログラム「Fighters Program 2.0」などのインハウスプログラムも提供されています。
STATION Fの詳しい内容についてはこちらの記事をご確認ください。
②投資家
Partech PartnersやSerena Capitalなど、フランスを拠点としながら様々な分野のスタートアップに投資を行うVCもありますが、フランス開発機構(AFD)の傘下にあるProparcoやCathay Capitalは、特にサステナビリティ投資をミッションの根幹においています。
政府系のVCであるProparcoは、主に再生可能エネルギーを使用したインフラストラクチャーや農業ビジネスなどの開発セクターに焦点を当てることで、SDGsの達成に寄与する民間企業の役割を強化することを目指しています。
また、Cathay Capitalはテクノロジーを利用したサステナビリティの変革を使命として掲げており、初期の投資段階からExitまで、一貫してサステナビリティ要因を定量的・定性的に評価しながら投資パフォーマンスを評価することで、サステナビリティ活動に貢献しています。
③大企業
大企業についても、スタートアップとの連携を通した新規事業の創出や専門知識の提供等を行うことで、ステークホルダーとして、スタートアップの成長を促進する重要な役割を果たしています。
例えば、フランスを含む複数の国で活動する国際的な航空宇宙企業であるAirbusは、2015年にAirbus Groupの企業投資部門(CVC)としてAirbus Venturesを設立しています。海運や農業、環境などの産業において、衛星IoTサービスを提供するAstrocastなどの企業に投資をしています。
また、フランスを拠点とする通信およびテレコミュニケーション企業であるOrangeは、2015年にOrange Venturesを設立しています。全てのステージを対象として投資を行っていますが、特にシードステージに関しては、環境やケアテクノロジー等の新しい経済モデルを促進させる可能性があるスタートアップに積極的に投資しています。
④政府機関
フランス政府は、前述のロードマップやLa French Tech、循環経済法の主導を積極的に進めています。
La French Techは、2013年に始まった政府によるスタートアップ推進プロジェクトです。複数プロジェクトが推進されていますが、特にそのプロジェクトのうちの一つであるFrench Tech Green20は、技術的リーダーになる可能性があるグリーンテックスタートアップ20社を選出し、専門家ネットワークから様々なサポートを提供することで、積極的にTech×Sustainabilityを支援しています。
循環経済法(Anti-Waste Circular Economy Act)は、2020年に制定された法律であり、「生産、消費、廃棄」を循環経済に変革することを目指しています。
具体的には、以下のような取り組みを明記しており、いくつかの取り組みは既にフランス人の日常生活の一部となっています。
・2024年から、修理可能性指標を、頑丈さ、信頼性、拡張性の3つの基準を考慮した持続可能性指標にする。最初に対象となる製品は、スマートフォン、テレビ、洗濯機。
・プロフェッショナル向けの包装(パレット、フィルム、箱など)のための新しい循環経済セクターを設立する。
・公共の場所に分別箱を設置する展開を拡大させる。
・プラスチック包装の削減、再利用、リサイクル(3R戦略)を実施する戦略を導入する。
・2028年までの衣料品・繊維製品セクター向けの特別なロードマップを実施し、リサイクル活動や環境ラベルを尊重する企業の支援を行う。
・洗濯機のプラスチック微細繊維フィルターの解決策を開発し、海洋を汚染するマイクロプラスチックの放出を防止する。
⑤大学や研究機関
フランスではビジネススクールであるINSEADや、グランゼコールのHEC ParisやÉcole Polytechniqueなどが主体となって様々なアントレプレナープログラムを提供しています。
INSEADでは、社会的および環境的責任に関連したビジネス課題に対する新しい解決策を開発することを目的として、INSEAD Sustainable Business Initiativeを設立しています。具体的には、外部の学術機関や企業と積極的に協力し、研究や教育を通してサステナビリティ活動の変革を支援すると共に、新しいビジネスモデルを通して企業が新たな社会価値を創造できるようなフレームワークやツールの開発を行っています。
また、HECやÉcole Polytechniqueでは、大学内にそれぞれInnovation&Entrepreneurship institute, Drahi-X Novation Centerを設立しており、学術的なリソースや様々な起業プログラムを提供しながら積極的に起業家を支援しています。
サステナビリティ活動に取り組むフランスのスタートアップ紹介
それでは、最後にフランス政府が積極的に取り組んでいる6つの優先課題を解決するために活動しているフランス発のスタートアップをいくつかご紹介します。
1.ジェンダー平等:50 in Tech
50 in Techは、2018年にフランスのパリで設立された会社で、ジェンダー格差の解消を目指すために、テック業界における女性の参加とリーダーシップを支援しています。テック業界における女性の成長と成功のための平等な機会を提供し、企業が多様性、公正性、包括性(DEI)を受け入れるようになることをミッションとして掲げています。
また、女性が専門的な成長を促進するために求人機会だけでなく、キャリア開発ツールやジェンダースコア計測ツールなどのリソースを提供しています。これによって、企業が自社のDEIイニシアティブを理解し、定量的なデータに基づいて効果的な戦略策定と改善を促す包括的なソリューションを提供することができます。(GenderScore by 50inTech – Revolutionise Your Workplace DEI Reporting)
2.再生可能エネルギー:EODev
EODevは、2019年にフランスのイシー・レ・ムリノーで設立された、ゼロエミッションの水素燃料電池システムの開発と商業化を行う会社です。直近では2023年にシリーズAで46百万ユーロの資金調達を行っています。
彼らのミッションは、持続可能で信頼性の高い、効率的で安価な産業技術を提供することによって、無炭素エネルギーへの転換を加速することです。
清潔な水素を手ごろなコストで生産できるようにすることで、産業と消費者の双方が利益を享受できるような取り組みを行っています。また、既存の産業が無炭素エネルギーへの移行を容易にするための技術も開発しています。
下の写真は、「エナジーオブザーバー号」という名前の再生可能エネルギーや海水から生成した水素などのクリーンエネルギーを利用した燃料電池で動作する、世界で初めての自給エネルギー水素船です。
3.環境保全:BeFC
BeFCは、2020年にフランスのグルノーブルで設立された会社です。同社は、バイオ燃料電池技術のパイオニアであり、自然由来の酵素駆動型バッテリーなどの代替品を通して、エコフレンドリー電池や電子機器の生産方法を研究しています。直近では2023年にシリーズAで16百万ユーロの資金調達を行っています。
特に、我々が日常的に使う電池は毎年150億もの量が捨てられ、そしてそれらの電池は有害物質を含むことが多いという事実に着目し、環境に優しいサステナブルな電池開発に取り組んでいます。
BeFCの主力製品であるバイオ燃料電池は、金属を使用しておらず、有機的かつリサイクル可能そして、安全で持続可能といった特徴を持ちます。
また、BeFCはエコフレンドリーなマイクロエレクトロニクス製品も提供しており、アクティブセンサータグなどの持続可能なデータ収集、監視、送信ソリューションを展開しています。これらの製品は、ウェアラブル、スマートロジスティクス、IoT、ヘルスケアなどの用途への適用が期待されています。
さいごに
EUのサステナビリティを先導する国の一つであるフランスは、引き続き政府主導の強いリーダーシップのもと、スタートアップを育てることで、サステナビリティの課題にチャレンジしようとしています。大企業や投資家も、持続可能性をビジネスチャンスと捉え、スタートアップを支援するための環境整備に積極的に取り組んでいます。
また、サステナビリティに関するステークホルダーが一致団結した中、2020年に制定された循環経済法の目標が迫っています。2025年までには、再生プラスチックの利用率を100%にすることが目標とされており、消費者を積極的に巻き込んだ活動が活発化することが予想されます。
さらに、2024年にはパリオリンピックが予定されており、観光客の増加や消費の増加が見込まれるため、企業は消費者に向けてさまざまな施策を打つことが考えられます。
フランスのサステナビリティトレンドを紹介するこのレポートでは、サステナビリティの重要性から始まり、欧州およびフランスのサステナビリティ市場の動向を解説しました。
今後もサステナビリティトレンドを始めとした欧州を取り巻くトレンドの動向をタイムリーに捉え、皆さまに情報発信をしてまいります。
RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteX Inc.との協業やパートナーシップにご興味のある皆様はお気軽にお問い合わせください。
投稿者:Sangmoon Kim
RSM清和監査法人およびデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社での経験を経て、RouteXに参画。米国公認会計士として、財務面からのコンサルティングに一貫して取り組む一方、事業計画策定や財務モデリングにも強みを持つ。イスラエルのスタートアップとのプロジェクトを契機に、スタートアップやスタートアップエコシステムへの関心を深め、RouteXではトレンドリサーチや新規事業創出など、幅広い業務を担当。
今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteXは、
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