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記事一覧 > La French Techから日本のスタートアップ・エコシステム戦略を紐解く

昨年度、岸田首相が掲げた「スタートアップ育成五か年計画」は、皆さんの記憶にも新しいかと思います。実はこの計画の一部で、フランスのスタートアップ・エコシステムが意識されていることはご存じでしょうか。

スタートアップの育成による日本経済の促進を目的としたこの計画は、発表されたロードマップによると、「人材・ネットワークの構築」「資金供給と出口戦略」「オープンイノベーション」という3つの柱で構成されていることがわかります。

特に「人材・ネットワークの構築」の中では、「『出島』事業」として、海外のスタートアップ・エコシステムの拠点に起業家を派遣するという計画が進められています。先日西村経済産業大臣がフランスを訪れたのも、その一貫でした。

日本政府も注目しており、世界からも成功事例だと認識されているフランスのスタートアップ・エコシステムには、「スタートアップ育成五か年計画」が目指し、取り組んでいるものがすでに存在していると言えます。

それこそが本記事の表題にもある、フランスのスタートアップ・エコシステムの代名詞とも言える「La French Tech(フレンチテック)」です。

本記事では、フレンチテックの概要を示した後に、スタートアップ・エコシステムの発展において重要な点を評価し、それらがどのようにフレンチテックによって支援されているのかを紹介していきます。


フレンチテック-フランスのスタートアップ・エコシステム-

フレンチテックとは、2013年より始動した、政府によるスタートアップ推進プロジェクトのことです。

公式サイトでは、「スタートアップ、投資家、政策立案者、コミュニティ・ビルダーを結びつけるユニークなプロジェクト」であるとも紹介されており、20,000以上のスタートアップから構成されています。なお、所属するスタートアップが何か申請をしなくてはならないというものではなく、フランスのスタートアップ・エコシステム自体を包含する概念だとして捉えるとわかりやすいかと思います。

フレンチテックは、「フランスを、人類の未来にとって意味のあるグローバル企業を立ち上げ、成長させるための世界で最も素晴らしい場所の1つにすること」をビジョンとして掲げています。すでにユニコーンの数だけ見ても2018年の3社から26社まで増加しており、定量的に見てもフランスのスタートアップ・エコシステムの急成長ぶりが窺い知れます。

続いて、フレンチテックの勢力圏を、国内と国外に分けて見てみましょう。

フレンチテックの拠点
引用:La French Tech “About

国内について、地図上の青いピンで示された部分は、フレンチテックの中でも特に重要拠点である「Tech Capital」です。特に認められているナショナルチームと各地に点在するローカルチームが青いピンで示された13拠点あるほか、国内には赤いピンで示された45個のフレンチテックコミュニティが存在しています。

国外について、地図上でも欧州圏内にいくつか赤いピンが立っているのがわかるかと思いますが、これをはじめとして100都市に拠点を置く63個のフレンチテックコミュニティの巨大なネットワークが、世界規模で形成されています。海外の事例を積極的に取り入れることで、フランスのスタートアップ・エコシステムに還元することが目的です。

また、この拠点の中でもフレンチテックのナショナルチーム「the French Tech Mission」が置かれているのが、世界最大のスタートアップキャンパスである「STATION F」です。ナショナルチームは公務員でありながら、スタートアップの施策立案や資金調達、マーケティング、プログラムデザインなど、多岐にわたる業務を実施しています。

「STATION F」の実際の様子がわかる記事もあるので、併せてこちらもお読みください。


スタートアップ・エコシステムの発展に重要な5つの主体

冒頭でフレンチテックはフランスのスタートアップ・エコシステムの代名詞とも言えると説明しましたが、スタートアップ・エコシステムにとって、どのような要素が重要なのでしょうか。

この章では、フレンチテックの詳細なプログラムの説明の前に、一般的にスタートアップ・エコシステムの発展に重要とされるものを、2つの視点から考察してみます。

1つ目の視点の出発点として、スタートアップ・エコシステムという言葉の定義から検討します。定義なしにスタートアップ・エコシステムという言葉を沢山使用してきましたが、スタートアップ・エコシステムの明確な定義を確認すると、エコシステム発展に必要な要素を簡単に把握することができます。

経済産業省の定義では、5つの主体、つまり起業家投資家大手企業大学・研究機関各種専門サービス(インキュベータ、アクセラレータ等)に代表される「スタートアップをサポートする多様な人材や組織が、一定程度揃い相互に関連しながら活動することで、その中からスタートアップが次々と立ち上がり大きく成長するところが出現する、という状況が継続的に生じる仕組み」であるとされています。

スタートアップ・エコシステムの全体像
引用:DIAMOND online (2013)「日本版エコシステムができた
引用:経済産業省「地方創生に向けたスタートアップエコシステム

これはつまり、スタートアップ・エコシステムの発展には、5つの主体が潤沢にあり、かつ相互に強く結びついている必要があるということを意味しています。

2つ目の視点として、世界有数の政策提言および研究機関であるStartup Genomeのレポートで、スタートアップ・エコシステムがどのような観点に基づいてランキング付けされているのかを見てみましょう。

引用:Startup Genome「グローバルスタートアップ・エコシステムランキング2022 (トップ30+次点の地域)

スタートアップ・エコシステムのランキング付けを行う際、Startup Genomeは6つの観点:①パフォーマンス、②資金調達、③コネクティビティ、④マーケットリーチ、⑤知識、⑥経験・人材、に基づいて評価を行っています。

それぞれの詳細は以下の通りです。

①パフォーマンス

Exitと資金調達によって創出されたスタートアップの価値の蓄積に基づく評価。Exit、エコシステムの価値評価、スタートアップの成功度合いの3つの観点から算出。

②資金調達

アーリーステージの資金調達と投資家の活動を通じたイノベーションに基づく評価。資金調達へのアクセス(初期段階での資金調達量と成長率の関数)と品質と活動レベルの2つの観点から算出。

③コネクティビティ

エコシステム内の地域的なつながりとライフサイエンス基盤(インキュベータ等)に基づく評価。地域内のつながりとインフラの2つの観点から算出。

④マーケットリーチ

グローバルに活躍する企業、知的財産の事業化、現地市場の規模に基づく評価。国内マーケットへのリーチ、グローバルカンパニー割合、知的財産の商業化の3つの観点から算出。

⑤知識

研究・特許活動を通じたイノベーションに基づく評価。特許と研究内容の2つの観点から算出。

⑥経験・人材

最も重要な業績要因の長期的な傾向と、エコシステムにおける人材の創出と維持の能力に基づく評価。コスト、人材の質、スタートアップ経験等の様々な観点から評価。

内容を見ると、これらは1つ目の視点で提示した5つの主体(起業家、投資家、大手企業、大学・研究機関、インキュベータ等)とそれぞれ対応していることがわかります。

具体的には、②は投資家、③はインキュベータ等、④は大手企業、⑤は大学・研究機関、⑥は起業家におおむね対応しています。

①のパフォーマンスはエコシステムが発展した結果を測定する指標であるため、それ以外の②から⑥に該当する5つの主体が、スタートアップ・エコシステムの発展のために必要かつ重要な要素であると考えられます。


フレンチテックが提供する21のプログラム

ここまで、フレンチテックの概要と、スタートアップ・エコシステムの発展において重要な点を確認してきました。ここからは、実際のフレンチテックのプログラムを紹介し、それが5つの主体のうちどの主体に対して実施されているものなのかを確認していきます。

表題の通り、フレンチテックは2023年6月時点では、21のプログラムを提供しています。

フレンチテックのプログラム一覧
引用:La French Tech “HELPING STARTUPS

 21のプログラムのうち、特筆すべきものをいくつかピックアップして紹介します。関連する主体を、プログラム名の右に記載しています。

French Tech Green20 – 起業家

グリーンテックに関する先進的なスタートアップ20社が公募に基づき選出され、フランスの省の1つ「the Ministry of Ecological Transition」や、「the French Tech Mission(=ナショナルチーム)」からの支援が受けられるプログラムです。具体的な支援は、イベント参加権、資金調達、国際開発、人材採用、規制と保護、技術移転やデータ転送に関する専門知識の利用などがあります。

Bourse French Tech – 起業家

初期のスタートアップが必要な費用の支払いを、最大€90K(ディープテック分野のスタートアップの場合、そのほかのスタートアップの場合は最大€25K)のエクイティフリーの資金で支援するファンドです。3,000を超える、創業から1年未満のスタートアップがこの政府助成金の支援を受けており、予想される経費の最大70%までをカバーする資金援助を受けられます。

French Tech Seed – 起業家、投資家

€400Mのマッチングファンドを用いて、創業3年未満のディープテック分野のスタートアップに共同投資するプログラムです。多数のスカウトパートナーによって運営されており、彼らが認定すれば、同ファンドから転換社債の形で最大€250Kの資金を得ることが可能です。ただしスタートアップはすでに個人投資家から初期調達を行っている必要があります。

French Tech Community Fund – 起業家、投資家

2019年に開始された、フレンチテック・エコシステムに関わる様々なプレイヤーが主導するプロジェクトを支援することを目的としたファンドです。今年は国から過去最大となる€3.6Mの資金提供を受けており、129件のプロジェクトが選ばれました。うち24件は国際的なフレンチテックコミュニティによって実施されたものになっています。

Scale-up Tour – 起業家、投資家

フランス大統領府とthe French Tech Mission、Bpifrance(国営銀行)および Business Franceと共催されるイベントで、フランスで最も急速に成長しているスタートアップとそれぞれの VC を、40人の著名な投資家をフランスに招待して紹介するものです。このイベントでは、国際的なVCがレイターステージに投資をしたり、機関投資家がフランスのVCに投資することを奨励しています。

French Tech 2030 – 起業家、投資家、大学・研究機関

21のプログラムの中では最も新しく掲載されたものになっています。2023年の2月にマクロン大統領によって発表された「フレンチテック2030」では、2030年までに革新を起こすスタートアップ100社を支援すると述べられています。このプログラムはその支援が目的であり、政府機関から領事館までを巻き込み、環境的・社会的側面にインパクトのある企業を選考して、あらゆるサポート環境を整えるために動き始めています。

French Tech Next40/120 – 起業家、投資家、大学・研究機関

2019年に開始された、テクノロジー分野における世界レベルのスタートアップに対する政府支援プログラムです。今年は4回目の選出で120社が選ばれ、資金調達額や収益の成長率などの経済的なパフォーマンスに加えて、社会的・環境的な側面も含めて選出され、国際開発、資金調達、知的財産・規制問題などの戦略的問題に対する支援を行っています。特にうち40社は特別な格付けを受けた「Next40」に該当しています。

French Tech Next40/120
引用:La French Tech “French Tech Next40/120

French Tech Visa – 起業家、投資家、大手企業

フレンチテック・ビザは、EU域外のスタートアップの従業員、創業者、投資家がフランスの居住許可を取得するために簡素化された制度です。ほかのビザでは要件の一つになっていることが多い卒業証明書の提出が必要ないことや、ビザは配偶者と扶養の子どもにも適用されること、4年間の有効期限があり更新が可能であることなどが利点として挙げられます。

French Tech Central – 起業家、大手企業、インキュベータ等

STATION Fの中心に位置する、1,000平米のコワーキングスペースとコミュニティスペース、300平米のイベントスペースからなるハブです。ここでは毎日30人を超える省庁、公的機関などの行政機関の担当者が在中し、起業家の質問に回答する以外にも、スタートアップと行政を結びつけるための様々なプログラムやサービスを提供しています。

French Tech Fonds Accélération – インキュベータ等

フランスのテクノロジー分野に関係するスタートアップや起業家を対象とする、インキュベータ、アクセラレータ向けの€200M規模のファンドです。デジタル、医療技術、クリーンテック、バイオテクノロジー分野において、技術革新や画期的な用途・サービスを開発するスタートアップを対象とした民間インキュベータ、アクセラレータに対し、時には€10Mを超える投資を行っています。

上記に紹介した分では全体の半分にも達していませんが、どれもが5つの主体のいずれかの支援策に該当することがわかります。

またこれら全てが同規模というわけではなく、この中でも特にFrench Tech Next40/120は力の入ったプログラムになっています。これについて詳しく書かれた記事がありますので、併せてこちらもお読みください。


いかがでしたでしょうか。

RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteX Inc.との協業やパートナーシップにご興味のある皆様はお気軽にお問い合わせください。

投稿者:近藤 碧

京都大学経済学部経済経営学科在学(-2025.3)。大学では、ゼミでスタートアップの経営戦略に関するリサーチ・研究に取り組んでいる。2023年9月より、京都大学大学間学生交流協定に基づく交換留学生としてKoç Universityに派遣され、現在はトルコのイスタンブールに滞在している。
2022年よりRouteXでインターンシップを開始し、業界リサーチから海外スタートアップの日本進出支援まで幅広い案件を担当。
趣味は愛車の大型バイクに乗ることであり、Koç Universityでもモータースポーツクラブに加入した。