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記事一覧 > STATION Fが世界中のインキュベーション施設におけるモデルケースとなった理由

2017年にフランス・パリにオープンし、現在は日本を含む世界中の国々がスタートアップ・エコシステム発展のモデルケースとして注目している「STATION F」。
STATION Fは、スタートアップの他、VCや大企業、支援機関など多くのエコシステムプレーヤーを巻き込み、フランスのスタートアップ・エコシステムを代表する施設です。

本記事は、「STATION Fの歴史と実績」と「STATION Fの3つの特徴」をおさらいし、同施設が世界を代表するインキュベーション施設となった理由を考えていきたいと思います。


STATION F 誕生の経緯

グザヴィエ・ニール氏の経歴

出典:Wikipedia

STATION Fは、フランス通信大手のIliad・加えて通信キャリアFreeの創業者でもあるグザヴィエ・ニール氏によって創始されたプロジェクトです。

ニール氏は、自身がスタートアップ経営者としてエコシステムの「スタートアップ」のプレーヤーである一方で、「投資家」「支援者」という面も持ちあわせています。 
彼は、2010年にアーリーステージに特化したベンチャー・キャピタル Kima Venturesを共同で設立し、これまで721件の投資と102社のイグジットを行ってきました。その後、「42」という名のプログラミングスクールをパリに開校し、現在は26か国47都市で展開しています。

多方面で活躍してきたニール氏でしたが、2013年にフランスの「スタートアップ・エコシステムの中心となる場所を作る」ことを決意し、私財€250Mをを投じて駅舎であった場所を購入します。

グザヴィエ・ニール氏の想い

なぜニール氏は自身の私財を投げ打ってまで、STATION Fを設立したのでしょうか。
彼は簡潔に「自国の手助けがしたかった。」と答えたといいます。

彼は、Kima Venturesや42などの運営経験から、起業家精神を燃やすためにどのような環境が必要かを徹底的に精査し、STATION Fに反映していきました。

Lablaco Journalのインタビューではこう語られています。(意訳、以下同)「今日の起業家は、ビジネススクールを卒業した白人であることが多いです。『42』でも『STATION F』でも、私のアイデアは、そのようなリソースや一流の教育機関にアクセスできない人々が、自分のプロジェクトを立ち上げられるようにすることです。」

2015年には、Microsoft Venturesのマネージャーだったロクサーヌ・ヴァルザ氏(現STATION Fディレクター)を招聘し、彼女を中心にSTATION Fの設立が進められていきました。

出典:EU-STARTUPS

ヴァルザ氏はEU-STARTUPSのインタビューで、ニール氏がSTATION Fの構想を始めたときのことをこのように語っています。

「数年前、グザヴィエ・ニールがSTATION Fの構想を最初に思いついたとき、フランスのエコシステムは大きく広がっていました。しかし、各エコシステムプレーヤーがあまり大きくなく、フランス国外では「ここでは何も起こっていない」という感覚を持たれていました。だからこそグザヴィエは、エコシステム全体を収容するような、象徴的で大きなスペースを作るというアイデアを思いつきました。」

ニール氏の想いをヴァルザ氏がしっかりと形にし、2013年から約4年の歳月を経て、床面積34,000㎡にもなる巨大インキュベーション施設「STATION F」は完成しました。

STATION Fに向けられた懐疑の目

STATION Fが設立された2017年は、フランスのスタートアップ・エコシステムは転換点を迎えていました。

前述のヴァルザ氏は、当時の状況をこのように振り返りました
「設立した当時、フランスは”エコシステム”としてはほとんど冗談のようなものと考えられていました。確かにユニコーンこそありましたが、ベルリンやロンドンに比べれば信じられないほど遅れていました。起業家精神はまだ黎明期で、資金は乏しく、優秀な人材は流出しつつありました。」

そして、このように回顧しています。
「私たちがパリの中心部に1,000のスタートアップを集めてビルを建てたいと発表したとき、多くの人は実現するはずがないと考えていました。『フランスに本当に1,000ものスタートアップがあるのだろうか?』と。」

ちょうど同じ年に、エマニュエル・マクロンがフランス史上最年少で大統領に就任しました。彼は、経済・産業・デジタル大臣時代から“la French Tech”(フレンチテック)に携わっており、スタートアップに対して理解がある人物で有名でした。
実際、マクロン大統領は就任間もなくしてSTATION Fのオープニングイベントに参列し、会場を大いに沸かせています。

この流れからもお分かりいただけるかもしれませんが、当初ヴァルザ氏に向けられていた懐疑の目は杞憂でした。
先述したような国内のスタートアップ機運の高まりに加え、シリコンバレーの高騰やブレグジットなどのマクロ的な要因も追い風となり、結果的に初年度は世界中から11,000を超える応募があったといいます。

このように華々しいスタートダッシュを切ったSTATION Fは、いまやフランスのスタートアップ・エコシステムを牽引する存在となり、そして世界中でモデルケースとされるインキュベーション施設として君臨しています。

フランスのスタートアップ・エコシステムの転換点については、下記の記事で詳細にまとめているので、もしご興味があればご参照頂ければと思います。


STATION Fがスタートアップに提供する4つの価値

フランスのスタートアップ・エコシステムの発展において、先述した2017年の2つの出来事は明らかに潮目を変えるイベントであり、そこからは破竹の勢いで成長しています。

2019年にマクロン大統領が提唱した「2025年までに25のユニコーンを創出する目標」は2022年1月に3年早く達成、2022年の資金調達額は欧州で唯一前年超える結果を残しました。

ここからは、現在STATION Fがスタートアップに提供するサービスから特徴的なものを4つ確認し、このインキュベーション施設の特異性を紐解いていきたいと思います。

①広大な敷地に置かれるゾーニング

STATION Fは先述した通り、34,000㎡の広大な敷地を有するインキュベーション施設です。その中は目的に応じて3つの空間に分かれています。

出典:VENTURE SQUARE

Zone Share

3D プリンターなど本格的な工作機械が使える共有ラボのほか、行政の相談・手続き窓口や350人以上が収容できるホールなどがあります。

出典:STATION F

Zone Create

スタートアップ企業がオフィスを置く場所で、後述するMentorship Officesもこちらに置かれています。

弊社撮影

Zone Chill

フランス国内では有名なレストランBig Mammaが運営する「La Felicità」というレストランが入居しています。2,322㎡の敷地面積に1,000席のスペースがあり、ランチミーティングやリフレッシュ時に使えるレストランとなっています。

出典:urbansider

中央にスタートアップのオフィススペースを構えることで、当事者の回遊性を上げ、スタートアップ同士やSTATION Fに集まるプレーヤーの交流を促していることが推測できます。
フランスを訪れた際は、ぜひ一度お立ち寄りください。


②大規模なリソースを活かしたインハウスプログラムの提供

STATION Fに世界中からスタートアップが集まる理由はどこにあるのかを問われたとき、真っ先に挙げられるのがインハウスのプログラムでしょう。
今回は、いくつかあるプログラムの中からSTATION Fが設立初期から力を入れている「Founders Program 2.0」と「Fighters Program 2.0」をご紹介します。

Founders Program 2.0

出典:STATION F

STATION Fの数あるプログラムの中で、最も有名なものは「Founders Program」でしょう。2022年に刷新され「2.0」となりました。このプログラムはアーリーステージのスタートアップ25社を対象にしたアクセラレーションプログラムで、アドバイザー2名が伴走しながら、3か月間で「チームビルディング」「PMF(プロダクトマーケットフィット)」「資金調達の確保」の3つのテーマについて学習と実践を行います。その後、最長15か月間にわたりSTATION Fに拠点を置くことができ、プログラム終了後も施設の支援を受けながら事業拡大を目指すことができます。

アドバイザーには、SwileAlanなどフランスの中でも新進気鋭のスタートアップ30社から起業家が招聘されており、参加企業の資本政策(キャップテーブル)に名を連ねてもらうことも可能です。

同Founders Programは日本のスタートアップ「WAKAZE」が採択され、日本でも話題となりました。
こちらが登録フォームのリンクなので、もしご興味がある経営者の方がいらっしゃればご応募をご検討ください。

Fighters Program 2.0

出典:medium

Fighters Programは、「起業家になる意欲と野心があれば、これまでのバックボーンに関係なく誰でも起業家になれる」という思想のもと運営されているインキュベーションプログラムです。こちらは今年2023年に刷新され「2.0」となりました。

プログラムは、大きくRound1「構想事業の掘り下げ」とRound2「体制の構築」の2つに分かれています。(このプログラムに参加する起業家はファイターズと呼ばれており、プログラムもファイターさながらRound1、Round2と分かれています。)

Round1は、STATION Fが提供するオンラインプログラム「Launch」を使用し、1か月間で構想中の事業を掘り下げます。事務局とのオフィスアワーやファイターズ・コミュニティによるサポートを受けながら、ビジネスモデルの定義、顧客獲得戦略の立案、MVPの構築などを検討していきます。
その後、Round2への進出を希望する参加者は、ピッチデックを提出し、STATION Fに在籍する他の起業家の前でピッチを行います。見事、合格した起業家は、STATION Fにデスクを置き、6か月間にわたって事業のブラッシュアップを行います。STATION Fのリソースをフル活用し、最終的には後述する「Partner Program」に参加できるレベル、つまり一人前のスタートアップまで成長することを求められます。

ヴァルザ氏は、同プログラムで年間1,000人の「ファイターズ」をSTATION Fに迎え入れることを目標としていると述べています。参加資格はないので、もし興味がある方がいらっしゃれば、ぜひご応募ください。(但し、Round1の間は週2でSTATION Fに通わなければならないのでご留意ください。)

③大企業によるパートナープログラム/メンターシップ

STATION Fの特徴の1つとして、世界中の大企業にアクセスしやすい点が挙げられます。上述したように、ニール氏がSTATION Fの構想を始めた理由には、スタートアップ・エコシステムのプレーヤーをすべて集積する場所を作るということがありました。STATION Fは世界中の大企業、ビッグ・テックとパートナーシップを組み、主に2つのサービスを提供しています。

Partner Programs

出典:STATION F

Partner Programsは、世界中のパートナー企業、支援機関が独自に運営するプログラムです。各企業の専門性を活かしたテーマでプログラムが組まれており、サイバーセキュリティ、ゲーム、フィンテック、ラグジュアリーなど、幅広いテーマが存在します。

例えば、LVMHは75のメゾン(ブランド)とスタートアップのオープンイノベーションを図る「DARE」と「La Maison des Startups」という2つのグローバルプログラムを提供しています。

2023年現在では約30のプログラムが実施されており、随時更新されているのでぜひチェックしてみてください。

Mentorship Offices

出典:STATION F

Mentorship Officesは、メンターシップのパートナーシップを組んだ企業がSTATION F内に設置するオフィスです。STATION Fに居住しているスタートアップは、そのオフィスに常駐するスタッフと交流が図れたり、その企業が提供するワークショップに参加できます。

現在、AppleやGoogleを含む9社がオフィスを構えています。

④起業家向けの住居の提供ーFlatmates

出典:STATION F

FlatmatesはSTATION Fが提供するシェアハウスで、100のアパートメントから600の部屋を提供しています。フランス国外の人や金銭的な課題を抱える人向けに提供されており、保証人や特定の労働契約は必要なく、1ヶ月分のデポジット(€499~)があればスーツケース1つで入居できます。パリは家賃が高いことで有名で、労働契約と保証人がいなければ家を見つけることは困難を極めるので、上述した起業家にとってはありがたいサービスとなっています。

先述したFighters Programのように、どんなバックボーンであろうとアントレプレナーシップを持つ人に対して公平な機会を与えるための場所であるという思想に基づいて設計されており、STATION Fがフランスのスタートアップ・エコシステムの発展にとって重要なプレーヤーであることが改めて理解できます。


STATION F が世界からベンチマークされる理由

STATION Fが世界からベンチマークされる理由は、紛れもなく、ひとつのインキュベーション施設がフランスのスタートアップ・エコシステム発展に寄与した影響が大きいためです。

最後に、前半の「歴史と実績」、後半の「3つの特徴」から同施設が世界的なインキュベーション施設となった要素を抽出し、考察を加えたうえで終わりにしたいと思います。

ⅰ徹底したスタートアップ目線の運営

創業者グザヴィエ氏から受け継がれる「どんなバックボーンを持つ人であろうと、アントレプレナーシップを持つ人に対して公平な機会を与えるための場所である」というポリシーは、同施設が提供するすべてのサービスに組み込まれていました。

ⅱ広大なキャンパスの中に存在するスタートアップ・エコシステム

ビックテックをはじめとするグローバル企業やVCとパートナーシップを締結し、施設内交流を盛んに行っていました。VCについてはあまり触れていませんでしたが、STATION Fには世界中の300を超えるVC/CVCもメンバーであるコミュニティが存在し、登録しているVC/CVCはSTATION F内のディールフローを受け取ることができます。行政の相談窓口等も用意されているので、スタートアップはSTATION Fに在籍すれば、スタートアップ・エコシステムのすべてのプレーヤーにアプローチをとることができます。

ⅰでスタートアップ・エコシステムのSTATION Fに対する関心を集め続け、一定水準のブランド維持し、ⅱで集まったスタートアップを成長させていく、そしてその実績がⅰのポリシーをより強固にし、ⅱでさらに多くのそして質の高いプレーヤーが集まって来る、
この2つの好循環の輪が大きくなっていき、STATION Fはフランスのスタートアップ・エコシステムの中心地になりえたと考えられます。

これからSTATION Fをベンチマークして生まれるインキュベーション施設は、この好循環を生み出すことができるのかが成功の分かれ目となるのではないでしょうか。


最後に

直近でSTATION Fがベンチマークされた事例としては、昨年11月に東京都が発表したスタートアップ戦略「Global Innovation with STARTUPS」中の取り組みの1つである「”Tokyo Innovation Base”構想」や、ソウルで総額1兆6700億ウォン(130万ドル)を投じて建設するスタートアップ・キャンパスがあります

それぞれ、まだ概要までしか発表されていませんが、これらのインキュベーション施設がどのような変遷をたどり、発展を遂げていくのか、見守っていきたいと思います。

そして、今後もSTATION Fを始めとした各国のスタートアップキャンパスの動向をタイムリーに捉え、皆さまに情報発信をして参ります。

RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
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