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記事一覧 > フランスのスタートアップ・エコシステム市場概観~政府支援施策とユニコーン企業の解説~

みなさんはフランスのスタートアップというと、どのようなものを想像するでしょうか?

近年、フランスは特にスタートアップへの投資を政府ぐるみで行っており、ユニコーン企業の数は過去10年で大いに増加しました。

フランスといえば、「農業・ブランド品」といったイメージが根強く、日本人としてフランスのスタートアップトレンドの実情を知る機会はほとんどないかと思います。ですが、過去10年における政府の努力や、グローバルマーケットへのリーチを機に、フランスのスタートアップは多くの成功例をあげています。過去の蓄積がある飛行機や電力といったメカニック、環境問題に根差したDeep Tech分野だけでなく、ユニコーンとして大成功しているものにはSaaSモデルの企業やtoC向けサービスも多いです。

そんな成功例をいくつか取り上げていくことで、フランスのスタートアップ・エコシステムを深掘りしていきましょう。


1  フランスのスタートアップ・エコシステム

フランスのスタートアップへの投資額は年々増加の傾向にあります。それに伴い、現在のフランスのスタートアップ・エコシステムにおいて、スタートアップの数は100万、その従業員は150万人とも言われており、数の多さは明白なものになっています。2013年よりはじまった「la French Tech」と呼ばれるスタートアップをフランスから創出するプロジェクトは、フランス大統領エマニュエル・マクロン氏により「ユニコーン企業を2025年までに25社立ち上げる」という目標で大きく加速しました。いまやマクロン氏の提言も、もはや達成済みの旗印となっており、2023年現在、フランスには25を越えるユニコーン企業が立ち上がっています。

引用:la French Tech

2023年になり、目標を更新したla French Techは、次のユニコーン企業を40まで増やし、最終的に120を越えるユニコーンを立ち上げるとまで、野心的な青写真を掲げています。2019年にマクロン氏がこのプロジェクトを宣言して以来、またそれ以前から、フランスのスタートアップシーンは盛り上がり続けていました。

引用:Ernst & Young

2017年から2022年までのスタートアップ資金調達金額の総額推移が上のグラフにより確認できます。2017年に総額25.7億ユーロ相当の資本が投じられていた事から、2022年には134.9億ユーロにまで投資額が膨れ上がっています。コロナ禍の影響も鑑みることができるかとは思いますが、過去5年間で投資金が5倍以上になっているのです。


2  フランス政府によるスタートアップ奨励のための取り組み

フランス政府肝入りのフレンチテック施策による恩恵はフランスのスタートアップ・エコシステムにおいて多くの側面で確認できます。タックスクレジット、起業家志望の人間を優遇的に国内に引き入れるビザ適用など、かなりの実践的かつメリットの明確な周辺整備を行っています。

タックスクレジット(CIR)

資本投下の改善を行うため、企業にまずR&Dに投資してもらう必要があります。イギリスなどでも同様に行われている施策ですが、企業がR&D分野に投資すると税額控除が受けられるシステムをフランスも早い段階から実施しており、これもフレンチテックの一環とされています。

パリ区域をテックスタートアップのハブ化

「STATION F」と呼ばれる、日本では想像できないほどの巨大な規模感でのインキュベーション施設がパリ区域に根付いているのも特筆すべき点です。1000を越えるアーリーステージのスタートアップが所属しているだけでなく、30のアクセラレーションプログラム、150を越えるVCも所属しているとのことで、圧倒的に充実したサポートが受けられることが見て取れます。

このようなパリのスタートアップハブ化の努力もあいまって、パリ区域にフランス発のスタートアップは集中していることが確認できます。

引用:CHOOSEPARISREGION 

上記のように時価総額ランキングをベースにフランス発スタートアップを見る限りでも、ほとんどの企業がパリを拠点に活動をしていることがよくわかります。後述する時価総額ランキング1位のDoctolibは、シリーズFにまで到達、時価総額は約50億ユーロに至る巨大企業にまで成長しています。

政府による投資計画

フランス政府は、これまで多くの施策で資金面の補助をスタートアップに対し実施してきました。この姿勢はユニコーン創出の成功体験も相まって、今後も加速していく計画が立てられています。「France 2030」と題した政府の投資プランでは、向こう5ヵ年のうちに政府から300億ユーロ程度の投資を実施することが宣言されています。この投資について、多くが明確化されているわけではないのですが、business solutions Atlantic Franceによれば、主にDeep Tech分野、Green Tech分野、DX方面への投資を重点的にする目論見のようで、政府の基本姿勢は変わらない様子です。農業系スタートアップに対しては、明確に50億ユーロほどの投資を行うことを宣言しており、フランス政府が自国の強みを活かしながらスタートアップ創出を目指していることがよくわかります。旧来からの主要産業である農業、政府主導でイニシアチブをとっているGreen TechやFemTech、そしてまだtoCサービスの普及していない旧来産業のリノベーション、という大きく3つの軸があることがよくわかります。日本の事例でも多くの点で相似しているかと思いますが、時価総額で上位にランクインしているのは旧来産業をDXであったりtoCサービスによってアップデートしているソフトウェア産業です。とはいえ、それでもなおDeep Techに対しても投資を惜しまない姿勢をとっていることに関しては興味深いものがあります。

このような、政府による開発支援により成功を収めた例は既にたくさん出てきています。例えば、BlaBlaCarやDoctolibは、政府の支援を受けながら、国際的にも成功を収めていた企業といえるでしょう。いくつか特筆すべき企業を紹介します。


3  注目すべきユニコーン企業

BlaBlaCar

引用:BlaBlaCar公式HPより

BlaBlaCarは、2006年創業、フランス発オンラインカーシェアリングサービスです。ユーザーは予め予約した車に乗って、同じ方向に向かっている他のユーザーと同乗することができます。これにより移動費を削減することができると同時に、環境にも配慮した移動方法であるということで、ヨーロッパの移動手段として主流のものになっています。2021年には19億ユーロの企業価値を得て、現在も成長を続けている一般市民にも親しまれているtoCサービスです。競合とされるようなUberなどと同様に、安全性を高める設計としてドライバーのバックグラウンドチェックや乗車前の評価システムなどが実装されています。

BlaBlaCarの特筆すべきポイントは、競合のUberなどと異なり、長距離移動に特化している点です。たいていサービスとして出てくる車は、都市間移動が予定されており、乗り合いサービスゆえに、その他の交通手段と比べて圧倒的に安い値段で移動が可能となっています。また、BlaBlaCar社が直接保有している長距離バスを利用した固定便も刊行されていて、確実に交通手段としての地位を高めています。現在世界22か国で展開しており、年間約1億人が利用しているとされます。

Maddynessによれば、BlaBlaCarはいわゆる「AirBnBの成長モデル」を目指しているようで、10年以内の上場を目指すことなく、ヨーロッパ外への進出といった大きなステップを行う際に上場を目指す、といった旨を示しており、ヨーロッパを越えたグローバル企業になることの野心を見せています。

Doctolib

引用:Doctolib公式HPより

メディカルテックで、なおかつtoC向けの日本ではあまり見られない企業が、フランスでは時価総額1位のユニコーンとなっています。Doctolibは、2013年創業、主に医療予約アプリ/サイトと、医師のためのスケジュール管理アプリを提供しています。2021年には54億ユーロの企業価値に達しました。Doctolibは、フランスを拠点に医療という難解なテーマでDXを行ったことが高い評価を得ています。主に、オンライン予約、遠隔診断、e-リソースなどを提供することで、医療システムを改善し、患者のアクセス度を向上させています。

現在は、フランスだけでなく、ドイツやイタリアなどヨーロッパ諸国でもサービス展開しており、オンライン予約システムは、医師やクリニックなどの医療関係者にとっても便利なもので、現在約50,000人の医師が利用しているとのこと。

実際の使い方は非常に簡単で、アプリ上で位置情報などを利用し、近くの対象病院を検索・その上で予約をアプリ上でとる・必要であれば見てもらいたい書類まで送ることができます。

このような日本でもあったら嬉しいなと思えるシンプルな病院予約アプリは、ありそうでなかったサービスといえます。こちらの記事によれば、地道なスタートアップチームの営業努力により病院での実装が決まっており、競合サービスとして上がっていたドイツやイタリアのサービスなども圧倒し、今の地位を確立させていったそうです。このような成立経緯の内容についても、多く日本の例と比較できるものがあります。

Meero

引用:Meero公式HPより

Meeroは、フランスを拠点にするカメラマンとプロダクションのマッチングを行う企業です。主に、商業写真、広告映像などの依頼をプロダクション側が複数のカメラマンに行い、それを受託したカメラマンが依頼に応じて所定の撮影を行う、というものです。日本でもカメラマンとして副業的に稼げる!ということで話題になっているサービスです。

Meeroは、2016年に創業され、現在は日本を含む世界中で展開しており、多くの大企業やブランドと取引を行っています。AI技術を活用したサービスや画像の編集サービスも展開しており、高品質な作品を納品できるような仕組みになっています。興味深いのは、2016年創業からたったの3年でこのMeeroはユニコーン企業にまで成長している点です。Meeroはかなり早い段階からこの結果を出しており、フランス発のユニコーンとしては6番目の企業でもあります。Meeroの掲げるようなビジネスモデルは極めて珍しかったのでしょう。こちらの記事によれば、写真家とB側(取引先にはAirBnB,UberEats,Expedia,Trivagoなど)をつなげるというモデルが極めて少ないがゆえに、資金調達もハイスピードで実施できていることがうかがえます。

Talentsoft

引用:Talentsof公式HPより

Talentsoftは、欧州で広くシェアを獲得している人材管理ソフトウェア企業です。いわゆるHR-Techと呼ばれるジャンルの企業で、2021年には4億ユーロ以上の企業価値に達し、現在はヨーロッパのビジネス管理ツール大手であるCegidに買収されています。人事管理、給与管理、トレーニング管理など、単なるHRのための機能が集積したソフトウェアを超えて、e-learningの実施などもソフトウェアで可能なサービスとなっています。全従業員がHRという文脈を越えて利用できるソフトウェアであり、非常に特徴的な企業であるといえます。人事管理に必要な機能を提供、企業の人材管理支援も行っているのです。日本でも同様のHRツールやtoB向けツールは一定程度スタートアップから誕生していることが知られています。フランスでもまた同様の動きがあるということなのでしょう。ちなみに、Talentsoftを買収したCegidは前述のSTATION Fにもインキュベーションプログラムとして参画しています。

Vestiaire Collective

引用:Vestiaire Collective公式HPより

Vestiaire Collectiveは、フランスを拠点にする中古ファッション品の売買プラットフォームです。ユーザーは、自分の不要になったブランド物のアイテムを売却することができ、他のユーザーがそれを購入することができます。近年の欧州ファッショントレンドにある商品のリユースが促進され、環境に配慮したファッションのサイクルを構築することを目的としています。

Vestiaire Collectiveは、2009年に創業され、現在はパリだけでなく、ニューヨーク、香港、シンガポールに拠点を展開しており、多くのブランド物のアイテムを取り扱っています。サイト上では、商品の詳細な情報、評価、画像などが掲載されており、購入者は安心してアイテムを選ぶことができるような設計がなされています。
近年の資金調達ステージにはあのソフトバンクビジョンファンドであったり、フランスの大手ブランドグループであるケリングからも出資を受けています。環境意識やファッションという要素も絡んでおり、極めてフランスらしいサービスとして世界に広がっているものの一つです。


まとめ

このように、数多くのtoCサービスがフランス発で出てきており、フランスの地の利も相まって、ヨーロッパを中心としたグローバルマーケットに多くの企業がリーチしています。日本のマーケットと同じく、多くの企業はtoCサービスをベースにしたものがユニコーンとして目立ちますが、一方でDeep Tech分野や、政府肝入りのGreen Techなどの分野でも新興ユニコーンが登場する可能性は十分あるように思えます。

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