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記事一覧 > クロスボーダーM&Aに向けた「情報収集のコツ」

はじめに

自社事業と親和性が高い企業に投資したいと考えているものの、どこから始めれば良いのか、どうやって探せばよいのかが分からず、悩まれている事業会社の投資担当者も多くいらっしゃるのではないでしょうか。特に日本から距離的にも言語的にも離れている北米や欧州においては、なかなか情報収集ができないという状況にもあるかと思います。

今回の記事では、クロスボーダーM&Aや海外企業への投資を始める際に皆様がぶつかる壁や課題について紹介しつつ、その解決方法も併せてご紹介します。

前述の通り、クロスボーダーのM&Aディールを行う上で大きな課題となるのは、情報収集の難しさです。不足する情報は多岐にわたり、ターゲット市場の経済・政治環境、規制・法律、文化、ビジネス慣行、ターゲット企業の詳細、現地人材等に関する情報の不足が複雑に絡み合っています。そして、この問題は以下の三つに集約できます。

  1. 国別・業界別トレンドの理解が不足している
  2. ターゲット市場の法規制への理解が乏しい
  3. 海外企業と知り合う場が少ない
出典:弊社作成

それでは、これらの課題を克服するための方法について、具体的に紹介していきます。

国別・業界別トレンドを理解していない

一つ目の課題としては、国別・業界別のマクロトレンドを理解していないことが挙げられます。そして、それらのマクロトレンドを理解する前に、まずは、自社の企業戦略やM&A戦略、投資戦略を踏まえ、投資したい業界や技術を明確にすることが重要です。そうすることで、人的リソースや時間を効率的に情報収集に割くことができます。

また、M&Aはタイミングも重要であることから、対象国および業界のトレンドを事前に把握し、タイムリーにM&A動向を追うことが求められます。

トレンドを把握するためには、国際金融機関や市場調査会社、各国の商工会議所が発行する業界レポートが非常に役立ちます。具体的には、以下のようなレポートが有益です。

  • 国際金融機関のレポート
  • IMF(国際通貨基金)世界銀行の経済レポートは各国のマクロ経済動向や成長予測、金融政策のトレンドを把握するのに役立ちます。
  • OECD(経済協力開発機構)の経済レポートは主要国の経済状況や政策動向、特定産業の成長予測が詳述されています。特にCountry snapshotsでは、各国の経済政策、経済トレンド、市場調査結果がまとめられており、定性的・定量的な情報収集ができます。
  • 市場調査会社のレポート
    • GartnerForresterなどのITや技術に特化した市場調査会社では、技術トレンドレポートを通して、ITやデジタルトランスフォーメーション関連の最新技術動向を把握することができます。
    • マッキンゼーBCGなどのコンサルティング企業はインダストリーレポートを提供しており、消費財、リテール、ヘルスケアなど多様な産業の市場動向を知ることができます。
  • 各国の商工会議所のレポート
    • 各国の商工会議所やJETROが発行するレポートでは、現地の規制環境、業界別の成長機会、主要プレーヤーの動向など、具体的な市場情報を提供しています。

特に欧州では、国ごとに経済動向や主要産業が異なるため、情報収集の範囲が必然的に広がります。例えば、フランスは自動車、航空宇宙、医薬品、石油化学などが主要産業ですが、イギリスでは金融サービス、不動産、教育産業などが発展しています。したがって、それぞれの国や地域の特徴を理解することが重要です。しかし、収集すべき情報が多いため、必要な情報だけを効率的に得るのは難しいこともあります。

RouteXは、フランスに拠点を置きながら欧州全体の状況をウォッチしています。特定の国や業界の動向を知りたい場合でも、RouteXが豊富なネットワークと専門知識を活用して、的確な情報を提供し、情報収集のサポートをしておりますので、是非些細なことでもご連絡ください。

法規制への理解が乏しい

2点目の課題は、法規制についてです。M&Aが活発な米国については、ファームや事業会社に豊富な知見が蓄積されている一方で、欧州についてはなかなか事業会社内に知見が溜まっていないこともあるかと思います。なぜなら、欧州ではEU全体の法規制が存在するだけでなく、各国が独自に制定している法規制もあり、さらにこれらの法規制が頻繁に変更されるため、情報収集が難しいことが理由として考えられます。

基本的にはディールが始まってから弁護士によるデューデリジェンス(DD)を通して法規制に対応していくケースが多いですが、主要な法規制は事前に把握しておき、ノックアウトファクター(初期段階で投資判断を左右する要因)があるかどうかを調べておくことで、人的・金銭的リソースを節約することができます。

特に欧州においては、法規制の変更・発効が他の国と比べて早く、常にアンテナを張り続ける必要があります。例えば、2023年1月に発効された外国補助金規制は、EU域外の公的機関による補助金がEU域内市場を歪曲することを防ぐために制定されました。

この規制は中国系企業への補助金を念頭に置いたものですが、日本企業も対象となる可能性があり、形式的に規制対象となる場合には対応が必要です。

これらの法規制に対応するためには、現地の法律に詳しい専門家と連携し、最新の情報を常に把握しておく必要があります。

海外企業と知り合う機会が少ない

最後の3点目の課題は海外企業とのコネクションです。海外企業とのコネクションを築くためには、積極的なネットワーキングが必要不可欠です。ただし、日本に拠点を置いている企業であれば、海外企業と接点を持つ機会は限られますし、出張で海外に行ったとしても、接点を築き、その接点を帰国後も維持するのは難しいものです。

さらに、海外の子会社に従業員を出向させた場合でも、数年のローテーションが当たり前であり、せっかくネットワーキングの基礎を築いても、帰国時にはそのネットワークが途絶えてしまうことが多々あります。次の出向者は新しくネットワーキングを始めなければならず、これも事業会社では大きな課題となっています。

最近ではスタートアップイベントも盛んで、都市ごとにテーマ別のイベントが多数開催されており、スタートアップとネットワーキングを行う機会も多くなってきました。

例えば、フランスのテクノロジースタートアップイベントであるVivatech、サステナビリティをテーマにしたイベントであるChangeNOW、イギリスのテクノロジースタートアップイベントであるLondon Tech Weekなどがあります。

昨今は日系企業からイベント開催前に事前にお声がけいただくことも多く、RouteXが企業間のネットワーキングハブとして機能することで、ヒト、情報の交換を促進する活動を行っております。また、イベントがない場合でも、「こういった企業や技術を探している」というご要望があれば、一緒にロングリストを作成し、アプローチしていくサポートも行っております。

欧州M&Aトレンド

エネルギー転換

次に、ヨーロッパのM&Aトレンドについていくつか紹介します。

一つ目はエネルギー転換です。

2019年に発表された欧州グリーンディールを始め、欧州はネットゼロや再生可能エネルギーをリードしています。この政策では、2050年までにEUを気候中立(ネットゼロ排出)にすることを目指しており、これには、エネルギー転換が重要な要素となります。

再生可能エネルギー指令では、2021年から2030年の間に、EU全体でエネルギー消費の32%を再生可能エネルギーから供給することを目指しています。また、各加盟国に再生可能エネルギーの使用を促進する目標が設定されています。

EUではこういった枠組みを設定したのちに、各インダストリーやプロセスに適用できるように様々な規則を設定しております。例えば、2024年7月に施行されたエコデザイン規則では、EU市場に出回るほとんどの物理的製品に対してエコデザイン要件を設定する枠組みを確立しています。

この枠組みの制定により、最終製品を製造する企業においては、製品後のリサイクルだけではなく、製造行程の最初のデザインの段階から、サステナビリティを意識した取り組みを行うことが求められます。

エネルギー転換には多くの設備投資が行われる必要があることから、既に事業を始めている別事業を購入するケースが多く見られます。次に2024年のM&A事例を、2つ紹介します。

Hitachi Zosen Inova

一つ目の事例は、2024年の日立造船株式会社の在スイス子会社であるHitachi Zosen InovaによるBabcock & Wilcox Renewable Serviceの買収です。

Babcock & Wilcox Renewable Serviceは、デンマークに拠点を置き、再生可能エネルギーと環境技術に焦点を当てた企業で、特に廃棄物を資源として活用したりエネルギー効率が高い廃棄物焼却技術を開発することでサーキュラーエコノミーに貢献しています。

Hitachi Zosen Inovaは、スイスに拠点を置くエネルギー技術企業であり、主に廃棄物からエネルギーを生成する技術(Waste-to-Energy)に特化しており、世界中で廃棄物処理施設やエネルギープラントを設計、建設、運営しています。

この買収により、Hitachi Zosen InovaはWaster-to-Energy分野における技術的な能力を補完できるようになると共に、北欧においてもサービス展開が可能となります。

TotalEnergies

出典:TotalEnergies

二つ目の事例は、2024年に行われたTotalEnergiesによるKyon Energyの買収です。

Kyon Energyは、ドイツを拠点にしている2021年に設立されたスタートアップで、主に再生可能エネルギーを利用したバッテリー貯蔵システム開発に注力しています。

一方、買い手であるTotalEnergiesは、フランスを本拠とする大手エネルギー企業で、近年は従来の化石燃料から再生可能エネルギーやクリーンエネルギーへのシフトを強化しています。この買収により、TotalEnergiesが再生可能エネルギーのポートフォリオを拡大すると共に、TotalEnergiesがドイツ市場における統合エネルギー供給事業を拡大することが可能になります。

自然エネルギーは兼ねてから蓄電に大きな課題を持っていたことから、大手エネルギー企業が蓄電技術を保有することで、フランスだけではなく、ドイツにおいてもフレキシブルな電力供給が可能になり、TotalEnergiesはヨーロッパにおいて主要な電力プロバイダーの一つになることを目指しています。

TMT×AI

次に紹介するM&Aトレンドは、TMT(テクノロジー・メディア・通信)業界におけるAI利用です。

IT企業や通信企業等は、AI関連の企業を買収することで、ユーザーの行動データをより効果的に活用し、よりパーソナライズされたサービスを提供することが可能になります。

また、EUでは2021年からAI規制法案について継続的にディスカッションを行っており、3年の月日を経て2024年に生成AIを含む包括的なAIの規制である「Artifical Intelligence Act」を成立させました。これにより、サイバーセキュリティーやコンプライアンスなどの規制対応のための技術やインフラ企業を持つ企業へのニーズが高まることが想定されます。更に、AI Actは規制だけでなく、AI開発やAI利用を促進も期待しており、例えばサンドボックス環境の活用が想定されています。これにより、企業は現実に近い条件下で新しいAI技術を試験でき、市場投入前にAI技術の改良を行う機会を得ることができます。

それでは最後に、TMT業界におけるAI企業のM&A事例について2つ紹介します。

Puzzel

出典:Puzzel

一つ目の事例は、2024年に行われたPuzzelによるSupWizの買収です。

Puzzelは、ノルウェーを拠点とするカスタマーエクスペリエンス(CX)管理およびクラウドコンタクトセンターソリューションを提供する企業で、SupWizはデンマークを拠点とし、AIおよびチャットボット技術に特化した企業です。

Puzzelは、SupWizが持つAI技術の取得により、顧客対応の自動化を強化することが出来ると共に、より高度でパーソナライズされた顧客体験を提供できるようになります。また、SupWizがもつAI技術はAI企業の中でも特にコンプライアンスとセキュリティに重きを置いており、先述したAI Actに関連する規制に対応した上でサービス提供が可能になります。

TapNation

出典:TapNation

二つ目に紹介する事例は、2024年のTapNationによるUAheroの買収事例です。

TapNationは、2019年にフランスで設立された、主にモバイルゲーム開発を行っている企業です。設立以来、合計で4億ダウンロードを超えるヒットゲームを生み出しており、3500万のアクティブユーザーを抱えています。

被買収企業であるUAheroもTapNationと同様フランスで設立された企業で、AIを活用した広告レコメンデーションや広告管理を行うことができるアルゴリズム開発を行っています。

TapNationは、AIを活用したユーザー獲得および収益化プラットフォームであるUAheroを買収することで、効率的なゲームユーザーの獲得および広告やアプリ内購入などの収益化戦略の最適化ができるようになりました。

また、この買収は、データ分析やAI駆動のプラットフォームに投資するという、モバイルゲームパブリッシャー全体の広範なトレンドと一致しており、デジタル環境の変化に対応し、プライバシーを重視したユーザーエンゲージメントの強化を行うことも可能となりました。 

さいごに

本レポートでは、クロスボーダーM&Aを行う担当者の課題から直近の欧州M&A事例まで、様々な確度から情報収集を行うことの重要性をご紹介しました。

弊社では、欧州企業にご興味がある企業様に向けて、M&A戦略の立案、ソーシング支援からPMI支援まで、幅広いM&Aサービスを提供しています。実際に欧州現地に拠点を構えているからこそ、人脈・知見・リソースをフル活用しながら二人三脚でご支援が可能になると考えております。

今後もクロスボーダーM&Aやスタートアップトレンドを始めとした欧州を取り巻くトレンドの動向をタイムリーに捉え、皆さまに情報発信をしてまいります。

また、スタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携も進めてまいります。


投稿者:Sangmoon Kim

RSM清和監査法人およびデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社での経験を経て、RouteXに参画。財務面からのコンサルティングに一貫して取り組む一方、事業計画策定や財務モデリングにも強みを持つ。RouteXではトレンドリサーチや新規事業創出支援など、幅広い業務を担当。米国公認会計士(ワシントン州)。2024年よりベルリン在住。ESCP Business School MSc in Sustainability Entrepreneurship and Innovation在学
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今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。

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