2022年6月15〜18日の4日間に渡り、フランス・パリにて世界最大級のオープンイノベーションカンファレンス、Viva Technology (VivaTech 2022)が開催されました。今年は、弊社塚尾、大森がメディアパスを取得し、スタートアップを中心としたエコシステムの実地調査を実施いたしました。
4日間のうち前半の3日間は主に世界中のビジネスプレイヤーを対象とした英語でのメインセッション、最後の1日はフランス国内や地域住民をも対象にしたフランス語での開催となっています。今回は主にメインセッションの内容をお伝えしつつ、そこから汲み取ることができるトレンドについてご紹介します。
VivaTech2022の全体像
VivaTechはフランスの経済紙Les Echosおよび広告代理店Publicis Groupeが主催するオープンイノベーションカンファレンスです。毎年5月、もしくは6月にフランス・パリにて開催されており、今回で6回目の開催となりますが、2020年は新型コロナウイルスの影響で中止、2021年は完全オンライン開催であったため、実地での開催は3年ぶりとなりました。今年は継続してオンラインでのライブ配信もなされており、無料で視聴可能となっていました。また会場はパリ市内でも有数のカンファレンス会場であるParis Expo Porte de Versaillesでした。
公式によると今年の出展社数は約2,000社 (参考:CES 2022: 2300社)、参加者は現地に91,000人 (参考:CES 2022: 40,000人)、オンライン 300,000人と、毎年アメリカで開催されるCESと比較しても参加者が多くそのスケールがお分かりいただけると思います。
CES 2022の現地調査の様子はこちらです。
こちらはホームページに掲載のある2022年の協賛やスポンサー企業の一覧です。
フランスはここ10年ほどで急速にエコシステムが発展していますが、国内企業のエコシステムへの寄与も非常に強めており、VivaTechでは大企業と呼ばれるほどの国内企業は自社が支援するスタートアップ紹介や先進技術紹介のような形式でほとんどがVivaTechに何らかの形で関与しており、エコシステムとの結びつきの強さを感じさせます。
政府主導のエコシステムをもつフランスでは、国内最大のカンファンレンスであるVivaTechに頻繁にマクロン大統領が登壇していますが、今年もサプライズゲストとして登壇したことが話題になりました。
登壇に合わせてエコシステムに対する戦略を発表する大統領ですが、今年は
・2019年時点で発信したユニコーン25社創出のマイルストーンを今年達成したこと
・次なるマイルストーンとして、2030年までにユニコーン100社、デカコーン10社創出を宣言
の2つを主に発表しました。現在世界中でデカコーン自体4社を数えるのみですので、かなりストレッチしたゴールであることに間違いはありませんが、これまでの加速度的な成長をどのように継続していくのか、La French Techを含めたフランス政府の動きが注目されます。
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今回のVivaTechでは以下の6つがテーマとして掲げられていました。
- Race to Net Zero Emissions – CO2排出実質0の達成
- Mobility Rebound – モビリティ分野の再構築
- Future of Work – 未来の働き方
- Inclusion is a Mindset – 若年層・女性の社会参画
- Web3 & Metaverse – Web3 & メタバース
- European Scaleups – ヨーロッパにおいてどのようにスタートアップを成長させるのか
ヨーロッパ全体の強みとも言えるモビリティやグリーンテックの分野はともかく、Web3やメタバースのような世界的トレンドへの追随、さらにスタートアップ数の追跡からその成長へと舵を切ったエコシステムの成長度合いが伺えるテーマといえるのではないでしょうか。
では以下より、2022年のVivaTechトレンドともいえる3つのトピックについて触れていきます。
Trend 1: グリーンテック
一つ目のトレンドは、地球上のCO2削減に寄与するグリーンテックです。
2018年ごろから動きが始まりビル・ゲイツのような有識者が警笛を鳴らしたことでにわかに触れられることの多くなったCO2実質排出量0の実現において、ヨーロッパはグリーンテックを通じて達成することに非常に力を入れる地域となっているとともに、その解決をスタートアップを通じて達成することに期待しています。
2019年12月からEUが開始した枠組みEuropean Green Dealでは、気候変動に対して2050年までにヨーロッパ内でのカーボンニュートラルを達成することを目的とし、CO2削減は2019年比40%減を目指すことが発信されました。また、その達成に向けてコロナ対策向けファンド1兆8000億ユーロとEU7年間の予算のそれぞれ1/3がEuropean Green Dealに充てられることとなりました。
このEUの動きに呼応する形でバリューチェーンにおけるCO2排出や消費者のマインドセット変化を促進すべく、官民のファンドを介したスタートアップへの投資が活発化することによって当該分野で多数のユニコーンが出現する動きが出ています。
Back Market
このトレンドをもってVivaTechで実施されたセッション、”Transitioning to the Circular Economy”では、デバイス再生品の販売プラットフォームを提供するフランスのユニコーン Back MarketのHead of Sustanability、Camille Richardが登壇し、進出する各国での消費者トレンドについて発信がありました。
フランスやドイツ等のEU圏は購入の意思決定が環境起点が主だが、アメリカは価格の多寡が購入の意思決定に寄与すること、またヨーロッパでは現在製品全てに対して修理可能であるかどうかの表示が義務付けられていることが自社の市場獲得に大きく寄与したことを話しました。この消費者の趣向はカーボンニュートラルへの意識が強まることによって他の地域にも広がることも示唆しました。
消費者に対するCO2削減に向けた行動促進が強く求められている中、より具体的なソリューションを各コーポレートが提供、もしくはスタートアップとのオープンイノベーションによる消費者への直接的な価値提供を目指したエコシステムが徐々に出来始めているといえるのではないでしょうか。
Low Carbon Park by EDF
フランスの電力会社EDFが提供する低炭素社会ブースでは、EDFと連携するスタートアップや、イントレプレナー向けアクセラEDF Pulse Incubationを卒業しスピンアウトした、農業活動でのCO2排出を可視化するACTEON FARM等を展示していました。インフラ企業においてもカーボンニュートラルに直結するイントレプレナー支援を活発に実施していることがわかります。
フランス発スタートアップLa Grangette / Ynsect
二酸化炭素削減をフードテックを通じて達成するためのソリューションを提供するスタートアップの展示も多く見られました。
La Grangette は、キッチンでレタス等の葉物類を育てる家電を通じて家庭菜園を実施できるソリューションを提供する、フランス南部のAvignonに拠点をおくスタートアップです。これまでInfarmなどいわゆる植物工場で野菜を効率的に生産するビジネスモデルはすでに確立されていますが、家庭向けの家電レベルで提供することで食品の物流経由でのCO2排出削減に寄与する文脈での価値提供が誕生しているという点で、今後のトレンドになりうる内容となります。
またYnsectは、未来のタンパク質源として期待される昆虫の大量生産技術を提供する、パリに拠点をおくスタートアップです。食肉生産を通じた環境への影響を懸念する意識はすでに高まっており、Impossible FoodsやBeyond Meatなど植物由来のタンパク質は健康志向や環境意識の高い人々向けに幅広い市場を獲得しています。それに比べて食虫市場はまだまだ盛り上がる手前の段階といえますが、アメリカやヨーロッパを中心に技術的なハードルはクリアしているといえます。
Trend 2: Web3 / メタバース
2つ目のトレンドはWeb3 / メタバースです。今回挙げられたテーマの中でも最も時勢に合わせたトピックとして、期間中数多くのセッションやブース設置が行われていました。
Meta (旧Facebook)は、マクロン大統領の国内エコシステム活性化の一環として国内にAIの研究所を設置するなど、同国と強い結びつきがありますが、以前のVivaTechでも毎回大規模なブースを設置し過去には創業者・CEOのMark Zuckerbergもパリ現地で登壇したことがあります。今回も他社と比較して大きなブースを出展していた印象があります。
今回特に注力されていたと感じるのはワークテック分野です。
ブースではOculusのヘッドセットを通じた作業によってパソコンなしに仕事をする体験やオンラインミーティングを実施する体験が提供されており、1日中体験予約で一杯の状態となっていました。
またワークテック以外では、人間の動きをモーションキャプチャし即時的にデジタル上のアバターが動く体験や、Animated Drawings という四肢をもつ自作の絵がデジタル上で様々な動作をするようなコーナーが紹介されておりました。ただメタバース全体の先進的な世界を表現するというよりも、その要素技術を紹介する程度にとどまっていたように感じました。
Web3に関しては潜在的な可能性に興味をもつ参加者が非常に多く、Web3関連のセッションやブースは非常に多くの参加者を集めていました。中でも仮想通貨Ethereumの考案者であるVitalik Buterinと、仮想通貨取引プラットフォームとして近年急速に利用者を伸ばすBinanceのCEO Changpeng Zhaoが登壇するセッションは今回のVivaTechでも目玉として最も多くの人を集めました。
起業家・コーポレート・研究者・芸術LVMHのメタバース・Web3への注力
本領域で存在感を見せていたのが、ラグジュアリー業界の最大手LVMHでした。
ブース展示では、LVMHの一ラインナップであるブルガリの冠にて自らの気分に合わせたフレグランスをIoT機器を通じて発する展示や最先端の美顔器展示、VRによる購入体験など、UXを最大化するためのデジタル技術を通じて多くの参加者を集めていました。
“Metaverse Economics: Unlocking Business Opportunities”のセッションでは、EPIC Games、The Sandbox, LedgerとともにLVMHのHEAD OF CRYPTO & METAVERSE Nelly Mensahが登壇しました。
コロナによる消費者のブランドに対する意識の変化は非常に大きな影響があるとともに、偽造品問題やアフターサポートにおけるユーザーとの接点創出は急務となっている現状を明らかにしつつ、その解決先に社としてメタバース・Web3に注目・注力していることを話しました。中でもWeb3の世界で実現可能なUGC (User Generated Contents)を一ファッションブランドとしても重要視しており、本来のブランドが持つ希少性をデジタルによって増幅するとともに、ユーザー同士のコミュニティ創出を可能にするNFTに注目していると話しました。
またオンライン限定のコンテンツとしてLVMHの社員とアバターとの会話を通じて本領域への注力や実績をアピールする**”BLOCKCHAIN, NFT & METAVERSE REINFORCE VALUES AND PURPOSE TO THE CUSTOMERS”**というセッションでは、2022年にBulgariブランドとして公式のNFTを発行することを皮切りに、
・ブランド価値の訴求 (ストーリーテリング)
・現実-仮想間の接続 (デジタルツイン)
・パーソナライズサービス提供
・ペイメント (NFTも含む)
の4軸でメタバース・Web3を通じた事業展開を発信しました。本技術領域は未だ多くの業界がその価値判断をしかねている印象がある中、業界としてシナジーが大きいことが期待されるラグジュアリー領域においてLVMHがその推進をリードしていく動きは、近い将来特にto C向けのサービス提供のロールモデルとして認識される可能性を窺わせます。なおこの動きに関連して2021年にはラグジュアリーにおけるブロックチェーン実装を推進するためのコンソーシアムAURA Blockchain Consortiumが設立されており、現時点でLVMHやPrada、Mercedes等多国籍のラクジュアリーブランドが参加しています。この組織起点での今後の動きも注目されます。
最後に今年のVivaTechでBest Digital Reinvented Spaceという賞を受賞した、NFTを通じて海水を浄化するプロジェクト”Aquaverse”を紹介します。
NFTが海水浄化に貢献する、一見関連性のない取り組みが現在構想レベルで推進されています。
Aquaverseのホワイトペーパー によると、海綿動物の海水を濾過し有機物を食べる習性を生かし、マイクロプラスチックや重金属等の水中の汚染物質を除去する海綿タンクを設置、将来的な製品販売による利益の2%をNFT所有者に寄付する座組みを提案しています。また、仮想通貨エルロンド(Elrond/EGLD)の技術を使ったトークンである$SPONGESを発行、所有者は「ガーディアン」として海綿養殖場をはじめとしたProjへの投資の他、将来的に実装されるゲームでの利用ができる予定だということです。
2022年にはUNESCOの観測期間Netexploが毎年実施するフォーラムにて受賞し、今回フランス国内のスタートアップを表彰するVivatech Award 2022にて受賞しました。エコシステム特有の環境意識とNFTというトレンドを組み合わせた、いわば現地特有の発展事例として他のヨーロッパ各国でどのような広がりを見せるのか注目が集まります。
まとめ・今後の展望
いかがでしたでしょうか。
世界各国でスタートアップが盛り上がりを見せ、コロナ禍によるオンラインコミュニケーションが活発になることで各国のトレンドは徐々に似通り、VivaTechにおいても特に課題解決型のスタートアップは先進事例の塗り直しや現地の商習慣や法令に適応したモデルが大半であることを感じました。
一方VivaTech特有の魅力としては、先進事例や新しい規制、国内外の情勢に対して様々な分野・立場のプレイヤーが多角的な議論をする場であること、オープンマインドネスを育む場として価値が高いことを痛感しました。
今後地球規模の課題解決など世界的な潮流に対して、政府、コーポレート、スタートアップが有機的に連携するエコシステムとして今後もフランスには注目していきたいと思います。
RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteX Inc.との協業やパートナーシップにご興味のある皆様はお気軽にお問い合わせください。
投稿者:塚尾 昌浩
サンフランシスコにて実施されたTechCrunch Disrupt SFでの現地取材でスタートアップ・エコシステムの可能性に衝撃を受け、以来エコシステムの並行分析とDeepTech領域に注力。
中でもフランスはエコシステム発展の典型事例として特に注目している。
食に、ワインに、サッカー観るのも好きなので相性はばっちり?
直近の目標は、フランスで現地の友人とサーフィンとワイン巡りをすること。