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記事一覧 > Station Fを超える巨大施設へ〜フランスのエコシステムを体現する複合型インキュベーターMatriceとは?

世界中でスタートアップへの注目が高まり、それらを生み出すスタートアップ・エコシステムを構築する動きが各都市で活発になっています。

中でもフランスはここ10年ほどで急速にエコシステムが成長しており、国内におけるスタートアップへの投資額は52億ドル (約5700億円)とヨーロッパではイギリスとドイツに次ぐ3番目の数字となっています。また、Startup Genomeの2021年レポートでは、首都のパリが世界12位のスタートアップ・エコシステムだと評価され、ヨーロッパではロンドンに次ぐ2番目の順位となっています。

フランスのスタートアップ・エコシステムに関する最新状況はこちらの記事でもまとめています。

フランスのスタートアップ・エコシステムを象徴する施設といえば、世界最大のインキュベーション施設Station Fではないでしょうか。51000m2の広大な敷地に1000を超えるスタートアップが入居し、コーポレートや大学などが主導する30を超えるスタートアップ向けプログラムが実施されています。

そしてフランス・パリではStation Fを超える規模を持つインキュベーター設立の動きがあることをご存知でしょうか。

今回私は2021年12月、スタートアップや社会起業、コーポレートイノベーター、そしてアーティストをも巻き込んだインキュベーターMatriceを訪問し、インキュベーション担当を務めるThibaud Dumas氏にパリ現地でお話をお伺いしました。本記事では施設の様子を含めてレポートします。


Matriceの様子

Matriceはパリ南部の15区に位置し、商店や住宅が立ち並ぶ賑やかな通りに入口があります。比較的古い建物が並ぶ中にインキュベーターが入居していることに若干の違和感を感じます。

入口から奥に進むと非常に歴史を感じる建造物が姿を表します。この建物は1932年にRobert Mallet-Stevensという著名なフランスの建築家が、ガラス細工とモザイク画で名が知られるLouis Barilletのアトリエとして建てたもので、文化財としても価値の高いものだそうです。アトリエがこの建物を去った後しばらくは使われていなかったようですが、2016年にMatriceが設立されて以降、この建物の全スペース750m2を使って様々なコースを行っています。

古い建物をインキュベーターとしてリノベーションする動きはヨーロッパにおいては一般的で、先述のStation Fは名の通り駅舎を改装していますし、ドイツ・ベルリン最大のインキュベーターFactoryは工場の建屋を再利用しています。かつての文化文明を受け継ぎながらイノベーションを起こすというヨーロッパ独自のマインドセットが感じられる部分かもしれません。

階段の踊り場にはかつてアトリエだった際の写真とともにガラス細工が飾り窓として残されています。

オフィス兼入居する生徒の作業スペースは綺麗にリノベーションされつつ、芸術的なしつらえが施されています。Matriceには芸術家を対象としたコースもあることも無関係ではないでしょう。

地下には生徒や入居するスタートアップが団欒したりイベントやデモデイを開催するスペースが用意されています。コロナの影響で大勢が集まる場をなかなか設計できてないようですが、通常であれば大きな賑わいを見せるそうです。

では実際にMatriceではどのような取り組みが行われているのでしょうか。


起業家・コーポレート・研究者・芸術家…あらゆるプレイヤーを巻き込んだ活動を実施

(Matriceの会社紹介資料より)

今回お話を伺ったThibaud Dumas氏によると、Matriceのコースは大きく以下4つに大別され、いずれもITを中心としたテクノロジーを利用したイノベーション創出に貢献しています。

  • Matrice Lab
    主にコーポレートに向けて新しいイノベーションを生み出すための3~10ヶ月のコースを提供。スタートアップや研究者、学生など様々な属性のプレイヤーを巻き込みつつ、事業創出や組織変革を実施。
  • Matrice Cube
    スタートアップ起業家向けの6ヶ月間に渡るインキュベーションプログラム。チーミングやプロトタイプ作成、ビジネスモデル構築など基礎的なインプットを行いつつ、コミュニティ内でテストができる環境を構築。コース終了後もコミュニティに所属することが可能。
  • Matrice Recherche
    研究所やその研究所に属する科学者向けの技術移転プログラム。研究室に直接介入しつつ、ビジネス化に向けたセミナーやプログラム、Deep Techとしてのプロジェクトマネジメントやパートナー先の選定まで実施。
  • atelier B
    作家やビジュアルアーティスト、音楽家、ダンサーなど、あらゆる芸術家を対象とし、創作活動を支援する場とコミュニティを提供するプログラム。

やはり最も特徴的であるのはコースに参加できるプレイヤーの多様性です。

シリコンバレーに端を発するスタートアップ・エコシステムにおいてインキュベーターに集積するメインプレイヤーは基本的に起業家に限られます。一方、Matriceでは起業家に加えてコーポレートや研究者、さらにはアーティストに至るまで多様な人材をコミュニティ化することで創出されるイノベーションの幅を持たせる工夫がなされているといえます。

これは純粋な起業家人材がシリコンバレーに比べて不足していることも背景にあるでしょう。コーポレートやアーティストも含めて相互連携することによって、あらゆるプレイヤーに起業家精神を植え付け新しいイノベーション創出の形を作り上げるような意図を感じます。

なおDumas氏によると、Matriceにおけるコミュニティは

「密にコミュニケーションが取れるようできるだけコミュニティを小さくし、対面でのネットワーキングの場を意図的に増やしている」

そうです。一見コロナ禍の動きとは逆行する動きですが、エコシステムにおけるオフラインコミュニティの重要性はなお高いことは自明でしょう。


ヨーロッパならではの持続的なインキュベーター運営

次にMatrice自体の運営について伺いました。

2018年にインキュベーションプログラムが開始され、これまで50のスタートアップが誕生していますが、Matiriceではコース卒業生に出資する仕組みはなく、6ヶ月のコース参加にかかる一人当たり150ユーロ/月 (900ユーロ/6ヶ月)の参加費用を収益としているそうです。インキュベーターでは卒業生に出資しそのリターンを通じた収益化が一般的ですので、意外な部分かもしれません。コース参加者の立場に立つと、持ち出しは比較的安価な初期費用のみ、創業後の資本政策の観点でも安心して参加できるといえるでしょう。

ではMatrice自体の収益源はというと、全コースからの収入は全体の2/3、残り1/3は国からの補助が出ているとのことです。フランスをはじめとするヨーロッパでは人材・資金の両面からリソースが不足しているのが現状であり、まずはその種を生み出すインキュベーション活動を活性化するために資金を投入するという、国家の戦略が見え隠れします。

なおMatriceではフランス政府や自治体との連携も密になされており、これまでオランド前フランス大統領や現職の厚生大臣、パリ市の副市長などが実際に施設を訪問し、現在も多方面に積極的な意見交換を行っているそうです。

このように政府との関わりも深いMatriceですが、来る2023年、および2026年に連続して拠点を移し、施設自体も大幅に拡大されることが決定しており、2026年の移転後は現在のStation Fよりも大きな施設になることが計画されているようです。フランスのスタートアップ・エコシステム自体が整備され始めて10年余りですが、エコシステム発展に向けて持続的な計画と施策が官民合同で進められていることを強く感じました。


Matriceの様子についていかがでしたでしょうか。

ちなみにThibaud氏いわく、これまでフランス国外からも多くのコース参加者がおり、アジアからも参加しているチームがあるそうですが、日本からは生憎まだ参加者がいないそうです。エコシステム間におけるクロスボーダーでの連携が今後加速されることが予想される中、洗練されたプログラムとコミュニティにおいてスタートアップの第一歩を踏み出すことは非常に有意義だと言えるでしょう。

もしMatriceにご興味がある方はお気軽に問い合わせよりご連絡ください。

いかがでしたでしょうか?
RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
RouteX Inc.との協業やパートナーシップにご興味のある皆様はお気軽にお問い合わせください。

投稿者:塚尾 昌浩
サンフランシスコにて実施されたTechCrunch Disrupt SFでの現地取材でスタートアップ・エコシステムの可能性に衝撃を受け、以来エコシステムの並行分析とDeepTech領域に注力。
中でもフランスはエコシステム発展の典型事例として特に注目している。
食に、ワインに、サッカー観るのも好きなので相性はばっちり?
直近の目標は、フランスで現地の友人とサーフィンとワイン巡りをすること。