経済状況改善のための
「スペイン起業家国家戦略」発表

今回は、スペインのスタートアップ界で重要な役割を果たしている「スペイン起業家国家戦略」についてご紹介していきます。

スペインでは、2008年の金融危機以来、経済的に不安定な状況が続いており、昨今のコロナ禍での深刻な感染拡大により、状況はさらに悪化しています。
そこで、2021年2月にスペインのペドロ・サンチェス首相は、2030年までにスペインを経済的・社会的に成長させ、質の高い雇用を創出するために「スタートアップエコシステム促進法(Ley de Fomento del Ecosistema de las Empresas Emergentes)(通称：スタートアップ法)」を含む50の重要な施策をまとめた「スペイン起業家国家戦略(Estrategia España Nación Emprendedora)」を発表しました。

ペドロ・サンチェス首相は、「スペインは世界中の起業家やスタートアップ企業の道標となることを目指しています。この戦略によってスペインに投資を呼び込み、スタートアップ企業が資金調達を行いやすくし、世界的に成長できる場所にしていく」と述べています。

「スペイン起業家国家戦略」は、2030年までにスペインを革新的な国家とすることを目指しており、以下4つの目標を掲げています。

１．投資の促進
資金やインセンティブを提供して経済を強化し、スペイン国内への投資を推進する

２．人材の確保
優秀なプロフェッショナルを誘致および育成するための施策を推進し、スペインに才能豊かな人材を留める

３．スケーラビリティ
企業がスケールアップできる機会を増やすとともに、急成長している分野を強化し、質の高い雇用を創出する

４．公共部門のイノベーションの推進
公共部門が迅速に行政手続きを行い、規制の枠組みを有利にすることで、ベンチャーキャピタルの投資を促進し、イノベーションを推進する

なお、「スペイン起業家国家戦略」は主に10のセクターに注力しており、具体的には、産業、観光、交通、ヘルスケア、建設、エネルギー、金融、通信、農業、バイオテクノロジーの10つです。この10のセクターはスペインのGDPの60%以上に相当し、政府が支援を集中させて育てたいと考えています。

フランシスコ・ポロ氏が語る「スタートアップ法」の概要

今回、「スペイン起業家国家戦略」を推進するために、「スペイン起業家国家担当高等長官(Alto Comisionado para España Nación Emprendedora)」という役職が新たに設置されました。
高等長官は関連するすべての政府省庁と協力して全国規模の企業経済変革を成し遂げることを任務としており、2010年にソーシャルキャンペーンプラットフォームであるActuable(2011年にアメリカのChange.orgが買収)を設立した社会起業家であるフランシスコ・ポロ氏が任命されています。

海外メディアが行ったフランシスコ・ポロ氏へのインタビュー記事では、「スペイン起業家国家戦略」および「スタートアップ法」について、彼は以下のように述べています。

「スペイン起業家国家戦略」は、スペインで初めて革新的な起業家精神を成長の手段にするという政府のコミットメントを示した文書であり、歴史上最大の社会的影響力を持つ起業家国家になるための実践的な最初のステップとなります。
具体的な施策の1つが「スタートアップ法」であり、主に以下の取り組みを計画しています。
・会社設立、行政の簡素化、減税、外国投資に対する優遇措置の実施
・新会社の設立や、既存会社のスペインへの移転する場合の起業家、投資家、専門家の就労ビザの取得を簡素化するビザプログラムの導入
・「デジタルノマド」ビザの作成
・外国人投資家の外国人ID番号取得手続きの迅速化
・ストックオプションの課税の改善
・非居住者であるリモートワーカーの個人所得税の軽減

ストックオプションに関しては、1999年にスペインの大手通信会社であるTelefónicaの幹部100人がストックオプションプログラムに基づいて、720億ペセタ(約560億円)を受給することが判明し、社会的な問題になったことから規制が強化されていました。
その結果、現在スペインでは、他国に比べて非常に多くの課税がされており、それが優秀なスタートアップが他国に流出する1つの要因になっていると考えられています。
フランシスコ・ポロ氏は、そのことにも言及し、スペインのストックオプションは、イギリス、フランス、ドイツと同じくらい魅力的なものにする必要があると述べています。

このスタートアップ法が承認されれば、スタートアップの設立に税制上の優遇措置が適用され、外国企業のスペインへの進出が加速することが期待されます。
また、外国人リモートワーカーやデジタルノマドのための特別ビザを新設し、非居住者税(IRNR※)の軽減措置を利用できるようにすることで、外国人がスペインを拠点として選ぶようになることも目指されています。

※IRNR：スペインに居住していない個人や拠点のない企業が、スペインにおける労働や財産から得た所得に課されていた税金(スペインに183日以上滞在しない労働者や企業が対象)

このように、「スタートアップ法」の制定によって、スペインにおける起業やスタートアップへの投資を促進しやすい基盤が整えられることが期待されています。

その他の重点施策

「スペイン起業家国家戦略」では「スタートアップ法」のほかにも、重点施策として以下の8つの施策が掲げられています。

１．起業家国家としてのブランディング
２．国家起業家オフィス(la Oficina Nacional de Emprendimiento (ONE))の設立
３．起業家向けネットワーク RENACE(Red Nacional de Centros de Emprendimiento)の整備
４．企業のスケーラビリティのサポート
５．優秀な女性を魅了するための国際プログラムの実施
６．ビザプログラムの実施
７．フラッグシッププログラムの実施
８．イノベーションの原動力としての公共機関の整備

上記のうち、公的機関や民間企業と協力して、起業支援サービスを調整・組織する国家起業家オフィスの設立(2)と「RENACE（レナセ）」と呼ばれる起業家向けの全国ネットワークの整備(3)について、フランシスコ・ポロ氏は以下のように述べています。

国家起業家オフィスはフランスのLa French Techに影響を受けて立案したものです。
起業家、投資家、およびエコシステムの他のステークホルダーが、中央政府、地域、評議会のあらゆるコラボレーション機会に参加するためのワンストップショップを作ることにより、それぞれの領域での起業家精神を向上させたいと考えています。
国家起業家オフィスの第一段階は、デジタルプラットフォームになると考えています。
また、そういったビジョンを推進するためにインキュベーターのネットワークであるRENACEも具現化し、国内のエコシステムを活性化するための組織にする必要があると考えています。
スペインの強みのひとつは、ヨーロッパのスタートアップ都市のトップ10に1都市だけでなく、バルセロナとマドリードの2都市が入っていることです。また、その他の都市も「起業家国家スペイン」の構築に貢献しています。
そのため、RENACEのような組織が各都市のエコシステムを結びつけ、活性化を促進したいと思っています。

上記のような起業国家計画の実現のために、十分な財源も確保されています。具体的には2021年度で15億ユーロ(約1950億円)以上、その後2023年までに、42億ユーロ(約5460億円)以上が割り当てられています。
これらの財源は、EUの「Next Generation EU」コロナ復興基金の一部を使って実現することが計画されています。

間近に迫るスタートアップ法の制定

前述の「スタートアップ法」は2021年7月6日に公聴会にて草案が公開されました。この後、関係者などの意見を聴取するパブリックコンサルテーションに提出された後、2021年末のスペイン議会での最終的な承認決定が行われる予定で、正式な制定が間近に迫っています。

Por primera vez en nuestro país habrá una Ley de #Startups que reconocerá la especificidad de las empresas emergentes. Un marco regulatorio para reforzar el ecosistema de #emprendimiento innovador, sector fundamental para el crecimiento de nuestra economíahttps://t.co/LPAX490Gip

— Francisco Polo /❤️ (@franciscopolo) July 6, 2021

「スタートアップ法」が承認されれば、スペインで初めてスタートアップ関連法が制定されることとなり、スペインを世界的な起業家国家として位置づける第一歩となることが期待されています。

大規模な戦略を掲げて起業家国家を目指すスペインの今後の動きに要注目です！

参考：
ラ・モンクロア（スペイン政府）「スペイン起業家国家戦略」
ラ・モンクロア（スペイン政府）「ペドロ・サンチェスが才能と革新的な起業家精神を支援するための50の施策を盛り込んだ 『スペイン起業家国家戦略』を発表」（2021/2/11）
ラ・モンクロア（スペイン政府）「スペイン起業家国家高等弁務官」
Mariscal＆Abogados「スペインの新法によりスタートアップへの注目度が向上」
Shifted「フランシスコ・ポロ氏に聞く、スペインのスタートアップ法に期待すること」（2021/02/26）
EU-Startups「2030年までにスペインが起業家国家になることを目指した戦略」：スペインの起業家国家高等弁務官フランシスコ・ポロ氏へのインタビュー」（2021/03/24）
TechCrunch「スタートアップを経済の推進役に据えるスペインの10年計画」（2021/02/24）
Spain in English「投資と国際的な労働者の誘致を目的とするスペインの『スタートアップ法』」（2021/07/09）
The Local es「減税と特別ビザ：外のスタートアップやデジタルノマドを誘致するスペインの新法」(2021/07/09)

投稿者：大谷 奈々
オーストラリア滞在中に仲良くなったコロンビア人からレゲトンミュージックやサルサダンスを教わったことからスペイン語圏の文化に興味を持ち、スペイン語の学習を始める。
現在は、大手コンサルティングファームで人事コンサルタントとして働きながら、RouteXでは主にスペイン語圏のスタートアップエコシステムのリサーチを担当している。

RouteX Inc.では、スペインを始め、引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。
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