skip to Main Content

記事一覧 > クロスボーダーM&Aにおける欧州の魅力

はじめに

クロスボーダーM&Aは、Covid-19からの回復と共に案件数が着実に増加傾向にありますが、日本においてM&Aというと依然としてASEANや米国というイメージが強いかと思います。本レポートでは、米国やASEANと比較した上で、欧州市場が持つ独自の強みを説明しつつ、日欧間の具体的なM&A事例を通じて、欧州市場のdeep tech領域および日本市場との親和性についてもご紹介します。

クロスボーダーM&Aの実態

株式会社レコフによると、2023年のM&A総件数は4,015件で、そのうちクロスボーダーM&Aは約24%にあたる944件にのぼります。もう少し詳細に見てみると、外国企業がバイサイドで日本企業がセルサイドとなるM&A(IN-OUT)は283件で、逆に日本企業がバイサイドで外国企業がセルサイドとなるM&A(OUT-IN)は661件となっています。なお、後者のM&Aは前年度と比べて+5.8%増加しており、日本企業が外国企業を買収するケースは今後も増加することでしょう。

国別M&A数

IN-OUTのM&Aのうち、売り手側の国別を見てみると、3つの地域に分類することができます。一つ目は北米で、ほとんどが米国ですが、全体の約53%を占めます。次にASEAN+Indiaで、全体の約24%を占めます。三つ目は欧州で、全体の約18%を占めます。

M&Aの理由は多岐にわたるという前提のもと、上記の3つの地域についてそれぞれ理由を統一化するならば、日本企業による米国企業のM&Aは新たな市場機会の拡大や技術力の模索が理由として挙げられます。また、ASEAN+India市場は、経済成長を見越した先行投資の側面もありますが、どちらかというと拠点移転や生産移管などに伴うコスト削減のためのM&Aと言えるでしょう。

一方、欧州の特徴としては、EUの統一市場へのアクセス、多様な経済構造、高品質製品・サービスへの需要があり、高い購買力を持つ巨大な市場へのアクセスがあげられます。

EUの統一市場: 欧州連合(EU)の統一市場により、4.4億人以上の消費者にアクセスできることが大きな利点です。これは単一市場としては北米よりも大きく、多様な顧客基盤を持つことができます。

多様な経済構造: 欧州は各国の経済構造が多様であり、各地域に特化したビジネスチャンスが豊富です。例えば、ドイツの製造業やフランスのラグジュアリー市場、北欧のテクノロジー産業など、特定の産業に強みを持つ国々が多いです。

高い購買力: 欧州の多くの国々は高い購買力を持つ消費者が多く、特に高品質な製品やサービスに対する需要が強いです。このため、高付加価値の商品やサービスを提供する企業にとっては大きな市場となります。

米国と比較した欧州市場の魅力

これまでは市場規模の観点から欧州市場の魅力についてご紹介いたしましたが、実は欧州は技術レベルも高く、技術や規制を取り巻く形でイノベーションが発展している地域となっています。

次に、米国と比較したときの欧州マーケットの魅力について技術面からご紹介します。

規制強化に伴うイノベーション

1つ目は、規制強化に伴うイノベーションについてです。欧州では、特にEU圏内での規制が厳格ですが、これが逆にイノベーションを促進する要因となっています。厳しい規制が企業に対して新しい技術やビジネスモデルの開発を促し、結果として市場全体の革新性が高まります。

例えば、EUで2016年に制定されたGDPR(一般データ保護規則)は、個人データの保護とプライバシーに関する規則を強化するために制定され、その後データプライバシー技術の発展を促しました。GDPRは、データの取り扱いに関する厳格な基準を設け、企業に対して高度なデータ保護対策を求めました。その結果、データの暗号化、マスキング技術、AIを活用した個人情報漏洩リスク管理などの新しい技術が急速に発展しました。

この規制の影響は日本にも波及しました。日本では2003年に既に個人情報保護法が制定されていましたが、その後EUのGDPRをベースに2020年度再度改訂を行い、主にデータの国際移転に関する規制が強化されました。これにより、日本でもデータセキュリティに関する技術開発が進み、GDPRの導入がデータ保護技術の進化を促進する一因となりました。

このように、欧州は日本に先駆けてポリシーメイキングを行い、新しい技術やビジネスモデルの開発を進めています。欧州市場をベンチマーキングしながら適切なタイミングを見計らってM&Aや新規事業開発を行うことで、日本市場における優位性を創り上げることができます。欧州の規制や市場動向を注視し、その先進的な取り組みを日本でも取り入れることで、競争力を高めることが期待されます。

高い技術レベル(deep tech)

2つ目は、技術レベルの高さです。欧州は、高度な技術(deep tech)分野で世界的に評価されています。

Global leading deep tech企業を地域別で見ると、北米の次に欧州がシェアを多く占めています。特にイギリスは、アメリカに次いで多くのグローバルリーディングなディープテック企業が集まっており、欧州における技術レベルの高さが伺えます。また、ドイツやフランスなどの国々も、AIやロボティクス、量子コンピューティングなどの先端技術でリーダーシップを発揮しており、シェア率では上位に位置しています。

日本企業も米国一辺倒で技術を探すのではなく、欧州にも視野を広げることで、ディープテック企業とのM&Aを通じて高度な技術を取り入れることができるでしょう。

特定産業に特化した技術へのアクセス

最後に紹介するのは、特定産業に紐づく技術についてです。欧州には、航空宇宙(フランス)、金融サービス(イギリス)、自動車産業(ドイツ)、製薬・バイオテクノロジー(スイス)、エネルギー技術(北欧諸国)など、特定産業に強みを持つ国や地域が多く存在します。特に欧州では、各国の中でも地域ごとに注力している産業が異なることが多く、地域ごとに産官学民連携をすることでイノベーションを促進している例が多く見られます。

例えば、ドイツのミュンヘンでは、BMWが本社や研究開発拠点を構えており、ミュンヘン工科大学をはじめとする有名な教育・研究機関を通じて先進技術の開発が行われています。また、政府や自治体が主導するプロジェクトも多く、例えばドイツ政府が主導している5G-Innovationsprogrammでは自動運転車向けの5Gネットワークの開発と展開を支援し、ミュンヘンのスタートアップコミュニティであるMunich Startupでは電気自動車や自動運転技術の分野における新興企業を支援するなど、地域全体のスタートアップ・エコシステムを活性化させながらイノベーションを促進しています。

このように、特定産業における特定の技術を見つけたい場合、北米よりも欧州の中から探すことで、高度な専門技術や市場知識を効率的・効果的に獲得することができます。

欧州M&A事例

それでは最後に、前述した技術観点から見た3つの欧州の魅力に沿って、M&A事例を紹介します。

1.規制強化に伴うイノベーション

M&A事例: 日立製作所とABB(スイス)

日立製作所は、2018年にスイスの電力技術大手であるABBの電力グリッド事業を買収しました。この買収により、日立製作所は既存のインフラシステムに更に高効率な電力変換やエネルギー統合技術を加えることで、エネルギー分野におけるプレゼンスを強化し、競争力を向上させました。

背景としては、温室効果ガスの排出削減に向けた厳しい規制が導入されたことにより、ヨーロッパをはじめ世界各国で再生可能エネルギーの導入が進んでおり、風力発電や太陽光発電などの不安定な再生可能エネルギーを効率化、安定化させる必要性が高まっていました。そこでエネルギーのインフラシステムを提供している日立製作所はABBの電力グリッド事業を買収し、再生可能エネルギーの統合、効率的なエネルギー管理・使用を可能にする技術を取得しました。

日立製作所はABBの電力グリッド事業を買収後、「日立ABBパワーグリッド」という合弁会社(2021年に「日立エナジー」に改名)を設立し、CO2排出量の削減、送電の効率化、信頼性の高い電力供給を実現するマイクログリッドやエネルギー貯蔵ソリューションなどを提供しています。

2.高い技術レベル

M&A事例: ソニーとSoftkinetic(ベルギー)

2015年、ソニーはベルギーのDeep TechスタートアップであるSoftkineticを買収しました。Softkineticは3Dビジョン技術とToF(Time-of-Flight)技術に特化した技術者と研究者のグループによって2007年に設立された企業です。

元々、ソニーは家庭用ゲーム機やカメラなどの消費者向け製品を開発・販売していましたが、Softkineticの持つ3Dビジョン技術(深度計測やジェスチャー認識を可能にする技術)やToFセンサー技術(距離を高精度に測定する技術)に着目し、これらの技術をソニーのカメラやゲーム、AR/VRデバイスに活用することで、製品の競争力を強化しました。

Softkineticの目標が新しい次元のインタラクティブな体験を提供することだったため、多くの製品ラインを持つソニーとの相性が良かったと推察されます。

3.特定産業に特化した技術へのアクセス

M&A事例: ブリヂストンとTomTom Telematics(オランダ)

最後に紹介するのは、ブリヂストンが買収したオランダのテレマティクス(車両運行管理システム)企業TomTom Telematicsの事例についてです。当社は、世界最大級のタイヤおよびゴム製品の製造会社であるものの、タイヤ製造だけでなく、車両運行管理やデジタルサービスを提供することで、顧客に対する付加価値を高めたいと考えていました。

そこで、車両運行管理とナビゲーション技術に特化しているオランダ企業のTomTom Telematicsを買収することで、車両運行管理ソリューションの強化を図りました。

TomTom Telematicsの所在地であるオランダには、ヨーロッパ最大の港であるロッテルダム港があることや地理的にも欧州の中心に位置していることからも分かる通り、国際的な海運と物流のハブとしての役割を果たしています。そのため、優れた交通インフラとITインフラを備えており、テレマティクスやナビゲーション技術を始めとした交通・ITインフラの発展が進んでいる地域となっています。物流インフラが整っている地域だからこそ、リアルタイムでの車両追跡、運行・燃費管理、ドライバーの行動分析を可能にする技術が生み出され、さらにその技術がドライバーや運送業者の安全性・効率性・生産性の向上に貢献するという好循環が生まれています。

さいごに

本レポートでは、クロスボーダーM&Aの実態から欧州市場の魅力まで、具体的なM&A事例を交えながらご紹介しました。先述した通り、欧州はEUという一つの枠組みの中にありながらも、地域ごとに異なる産業が発展しており、技術紹介のスタートアップイベントも国ごとに特色があります。

既に欧州に馴染みのある方はご存じかもしれませんが、イギリスでは最新の技術トレンドを紹介する「London Tech Week」、フランスでは大規模なテクノロジーイベントである「Viva Technology」や、Deep Techスタートアップに特化したカンファレンス「Hello Tomorrow」など、さまざまなカンファレンスやイベントが開催されています。RouteX Inc.は、実際にそういったイベントに国を跨ぎながら参加し、現地企業とのコネクション作りを行っておりますので、欧州全般、もしくは特定の産業に興味がある方は、ぜひお気軽にご連絡いただければ幸いです。

また、弊社では、欧州企業にご興味がある企業様に向けて、M&A戦略の立案、ソーシング支援からPMI支援まで、幅広いM&Aサービスを提供しています。実際に欧州現地に拠点を構えているからこそ、人脈・知見・リソースをフル活用しながら二人三脚でご支援が可能になると考えております。

今後もクロスボーダーM&Aやスタートアップトレンドを始めとした欧州を取り巻くトレンドの動向をタイムリーに捉え、皆さまに情報発信をしてまいります。

弊社は引き続き、スタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。


投稿者:Sangmoon Kim

RSM清和監査法人およびデロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー合同会社での経験を経て、RouteXに参画。米国公認会計士として、財務面からのコンサルティングに一貫して取り組む一方、事業計画策定や財務モデリングにも強みを持つ。イスラエルのスタートアップとのプロジェクトを契機に、スタートアップやスタートアップ・エコシステムへの関心を深め、RouteXではトレンドリサーチや新規事業創出など、幅広い業務を担当。


今後もRouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップとの連携を進めてまいります。

RouteXは、
海外の先進事例 × 自社のWill による事業開発の高速化
によって、事業会社における効率的な事業開発を実現します。

本件も含めた質問や支援依頼に関する問い合わせは、以下のフォームよりご登録ください。