はじめに
最近よく耳にする”D2C”という言葉。
“D2C”とは、”Direct to Consumer”の略で、日本語では「直販」と訳されていますが、D2Cは私たちが考える一般的な「直販」の意味とはかなり離れたところに存在しています。
今回は、D2Cというビジネスの概観や、D2Cブランドの独自の強みに触れていきたいと思います。
“D2C”とは?
“D2C”とは、「モノを作って直接お客様にお届けする」という意味で、英語を基にしたDirect to Consumerが略されて“D2C”と呼ばれており、企画から生産、流通、販売まで一気通貫して手がける業態のことを指します。
このビジネスモデルだけにフォーカスをすると、SPA(製造小売)に近いものがあります。
SPAとは、アパレルを中心とし、製品の企画から流通、販売まで一気通貫して1つの企業が行うことによって、中間業者を可能な限り省き、効率化を目指す業態のことです。
身近な例だと、ユニクロやZARAがこれに当てはまります。
しかし、D2CとSPAでは明確に異なる点が2つあります。
1点目は、D2Cブランドでは実店舗を構えることが少ないということです。もちろんブランドの戦略的な理由で実店舗を建てることはありますが、特に初期~中期段階ではECサイト中心とした販売活動を行っています。
2点目は、ユーザーへのリーチ方法が異なる点です。SPAの場合、服のトレンドをいち早く消費者にお届けするために、チラシやリスティング広告、場合によってはテレビCMなどで、網をかけるように多数のユーザーへ素早くアプローチを仕掛けていきます。
一方で、D2CブランドはSNSやオウンドメディアで顧客とブランドコミュニケーションを取る方法を取っています。これは、顧客がブランドへの理解を深め、継続的なユーザーになる確率を高めることが目的なのです。
特に、初期のD2Cブランドでは、顧客に自分たちの「価値観」や「世界観」に共感してもらい、繋がりを深めていくことがとても大切です。理由は、ブランド理解の深い顧客はロイヤルカスタマー(=ファン、仲間)になる可能性が高く、ロイヤルカスタマーはLTV(ライフタイムバリュー)が高くなる傾向にあるため、早期にファンや仲間を増やすことができれば、ランニングコストを稼ぐことができるためです。
しかし、ファンや仲間を増やすまでには時間がかかります。
そのため、D2Cスタートアップはブランド創りに神経を注ぎ、「価値観」や「世界観」を丁寧にかつ効率的に顧客に伝えていく仕掛けをしていくことで、ロイヤルカスタマー創出のジレンマを乗り越えているのです。
“D2C”を支えるZ世代、ミレニアル世代
D2Cブランドの多くは、デジタルネイティブやデジタルパイオニアと呼ばれるZ世代やミレニアル世代に支えられています。これは、D2Cブランドが掲げる「価値観」や「世界観」がこれらの世代に刺さっているためです。
Z世代やミレニアル世代の特徴は、子細異なる点はありますが、両者に共通する価値観として、「多様性の尊重」と「社会問題への関心」が挙げられます。
D2Cブランドでは、独自の世界観や価値観を発信し、それに共感をしてくれる人々がファンとして顧客になっていきます。中には、ヴィーガンやクルエルティフリー等「社会問題」に一石を投じるポリシーを打ち出しているブランドも存在します。D2Cブランドは、自身の持つ世界観やポリシーをSNSやオウンドメディア、またECサイト全体や実際のプロダクトを通じてZ世代、ミレニアル世代に伝えることによりファンを創造しているのです。こうして、「ブランド – ファン(仲間)」という関係性を築いていきます。
一方で、一般的な企業もこれらの概念は大事にしているところが多いはずです。
例えば、大企業に限らず一般企業が「SDGs」というキーワードを用いてファンを作ろうとしている動きが見られます。(SDGsについての記事はこちら)しかし、実感値としては、一般的な企業は、それらの概念を自社のブランドイメージに結びつけることがあまりできていないという印象を持ちます。
これは、代理店ビジネスやマスマーケティング的な顧客アプローチによる弊害で、企業が大事にしている概念やブランドの核を、市場の顧客に伝達しづらくなっていることが1つの要因と考えられます。そのため、ブランドの個性(世界観)やポリシーを大切にするZ世代やミレニアル世代には、「ブランド – 顧客」という関係以上のものを構築することが難しい仕組みになっているのです。
“D2C”の強み
では、”D2C”が持つ強みについて、今回のお話の復習もかねて説明していきたいと思います。
1.顧客と近い位置に存在するため、商品開発に顧客の声を直接フィードバックできる
D2Cブランドは、SNSやオウンドメディアを使ってファンになりうる顧客に直接アプローチを仕掛けてると前述しました。これは、ブランドの「価値観」や「世界観」を伝達しやすくする他に、もう1つメリットがあります。それが、生の顧客の声の収集なのです。
具体的には、SNSの投稿で「こんな感じの商品作っているんですけど、どうですか?」という文面と試作品の写真を一緒に投稿したとします。すると、その投稿に対して、日ごろからそのSNSを見ており、ブランドのファンである人たちが、「水色のパッケージの方がかわいいと思うな」「○○のところに悩みを持ってるんだけど、解消できる商品作れないですか?」など返答をしてくれます。SNS担当者は返答してくれた人たちの対応を素早く行い、同時にすぐに開発担当者へ打診をします。
このように、日ごろから顧客と近い位置に存在すると、マーケットインの開発が行えるようになり、それがさらにブランドのファンを増やしていくことが可能になるのです。
その成功事例としてよく取り上げられるのは、アメリカの化粧品D2CであるGlossierです。
同社は、2015年時点では売上1億円だったのが、たったの3年間で100億円に急成長しました。
Glossierでは、顧客との対話を重視しており、SNSの返信やDMへの返答はもちろん、顧客からの要望や意見も積極的に商品開発に活かしています。実際に、Milky Jelly Cleanserという商品は、400件以上の顧客の声を取り入れて作られました。
顧客の声を取り入れ、顧客と一緒に製品開発を行っていくことにより、より一層顧客との距離を縮め、顧客を増やしていく。Glossierはこの循環を回し続けて大成長を遂げました。
2. 中間業者を入れないため、価格が安い
D2Cブランドは前述した通り、通常のメーカーと違い企画から生産、流通、販売まで自社で一貫して行います。また、実店舗を構えていない場合はさらにコストが下がります。コスト競争なら、大企業も規模の経済性で安く販売することは可能ですが、Z世代やミレニアル世代にとっては、大企業が販売する実績に裏付けされた無機質なモノよりも、共感するブランドの想いが詰まっているモノの方が価値を感じられるのです。
価格については、原価公開を行っているアパレルD2CのEverlaneが興味深いです。
“Radically transparent”と呼ばれており、その原価公開へのこだわりが競合他社が嫌になるくらいのレベル感です。
こちらの画像は、カシミヤセーターの価格で、上側がそれぞれの工程にかかるコストとそれを足し合わせた原価($42)、下側がEverlaneと伝統的なメーカーの価格を表しています。
また、Everlaneは、環境問題や労働問題にも積極的に取り組んでいます。環境問題面では、”No New Plastic”と称して、2021年までに新たに生産されたプラスチックを使わないと宣言しています。現時点(2021年6月)では、衣服に使われるポリエステルなどの化学繊維のうち、97%がペットボトルや廃棄された魚網から再利用されています。
労働問題面では、”Radically transparent”と同様、生産されている東アジア・東南アジアの工場の名前や従業員数の公開はもちろん、工場で働く人の様子を多数HP上にアップしていたりと、労働環境を公開することを徹底しています。
3. ブランドイメージをコントロールしやすい
これは、D2Cのビジネスモデルに秘密があります。
例えば、一般的なメーカーであれば、代理店を通じて、小売店の陳列棚に商品が並びます。しかし、ブランドイメージを訴求するためにメーカーが苦心して作成したプロダクトやパッケージは、小売店都合の棚割り、商品ポップ、はたまた店内の雰囲気に飲まれ、奇しくもブランド訴求ツールとしての力を弱められてしまいます。
一方で、D2Cブランドは主として自社ECサイトを通じた販売を行っているため、そのような心配がありません。また、多くのD2Cブランドでは楽天やAmazonへの出品も行っていませんが、これもECモールへ出品すると、小売店への卸と同じ構造で、ブランドコントロールが難しくなるためです。
D2Cブランドは、自分たちの魅せたい見せ方で、例えばそのプロダクトが生まれるまでのストーリーなども付けて顧客に価値観・世界観を伝えているのです。
これもひとえにD2Cブランドが、顧客の共感によって繋がっているためです。
このように、見事なブランドコミュニケーションで、顧客からブランドの価値観・世界観の共感を得た事例として、スーツケースD2CブランドのAWAYをご紹介したいと思います。
AWAYは2015年に創業し、たった3年後の2018年には150億円の売上をあげ、大躍進を遂げたD2Cブランドです。同社は、オウンドメディア、インスタグラムだけでなく、雑誌の発行により、ファンにこの価値観・世界観を発信しています。ちなみに雑誌は、カタログとしての機能はありません。AWAYが考えている価値観・世界観を発信するための1つの媒体としてのみ機能しているのです。
AWAYは、自らを「旅」を売る会社として位置づけています。
つまり、AWAYのスーツケースを利用した「旅」に不満があれば、スーツケースに欠陥がなくとも、顧客に対して価値提供ができていないということなのです。
最後に
D2Cという業態は、昨今日本でもかなり増えてきており、盛り上がりを見せています。
しかし、日本では無印良品といった唯一無二の世界観を創り出している企業や、ユニクロやニトリといった低価格で普通以上の品質を持つプロダクトを販売している企業がたくさん存在します。
これらの強大な競合に対して、日本のD2Cスタートアップはどのように戦っていくのか?
今後を見守っていきたいと思います。
投稿者:加藤 哲熙
学生時代にロシアに1週間ホームステイをし、その体験からロシア・東欧に強い興味を持ち始める。
インスタグラム「ロシアに行きたくなる100の理由+」の中の1人。
好きなお菓子はスィローク。
マーケティング、中でも需要創造型マーケティングに興味がある。
最近はスタートアップのマーケティングをリサーチ、分析しており、
ユニコーンスタートアップがアーリー期に取っていた施策を見るたびにいつも唸っている。
RouteX Inc.では引き続きスタートアップ・エコシステムにおける「情報の非対称性」を無くすため、世界中のスタートアップの情報を皆様にお届けしたり、連携を進めてまいります。
RouteX Inc.との協業やパートナーシップにご興味のある皆様はお気軽にお問い合わせください。