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記事一覧 > サンドボックス制度の活用ガイドー規制に影響を与えた3つの事例


はじめに ― 規制を「外部制約」ではなく「事業戦略のレバー」に変える

量子コンピューティングで暗号強度を再定義し、再使用ロケットで衛星打ち上げコストを 10 分の 1 にし、生成 AI が創造工程そのものを置き換える──
ディープテックは、既存産業を“置き換える”以上に 社会インフラそのものを組み替える力 を持っています。
だからこそ、規制を単なる「後追いのチェックリスト」と見なすか、それとも “市場を先取りする設計図” と捉えるかで、スタートアップの行く末は決定的に変わります。

  • “カテゴリーを定義した者が、競争軸を決める”
    自動運転 SAE レベル区分、EU DPP(Digital Product Passport)、再使用型ロケットの Part 450——いずれも 条文が産業の土台 になり、早期に対話した企業が市場標準を握りました。
  • “ルール共創”は最強のディフェンス
    特許やブランドと異なり、法令やガイドラインに自社技術仕様が書き込まれると、それ自体が公共インフラとなり競合を大きく跳ね返す“公的モート(堀)”になります。
  • “先回り適合”で資金調達の法規制デューデリを短縮
    サンドボックス内で安全性やガバナンスを行政と可視化できれば、シリーズ B 以降に行われる法規制デューデリの不確実性を大幅に削減できるため、投資家の意思決定は加速します。

ここで鍵になるのが サンドボックス制度 です。
サンドボックスとは「期間・地域・対象者を限定して既存規制の適用を一時停止し、リアルワールドで実証できる枠組み」です。行政は実証データを得て制度設計をアップデートし、企業はリスクを最小化しつつ新技術をユーザーと市場に晒せる―官民双方の“学習ループ”を形成する装置と言えます。

期間・対象・地域を限定しつつ、①実証で得た生データ②規制当局との直接対話 をワンセットで回すことで、「技術」と「制度」を同じタイムライン上で磨き合わせることができます。つまりサンドボックスは、“外部制約”を“事業戦略のレバー”に変換する仕掛け そのものなのです。

そこで本稿では、日本と欧州を中心に ①現行または公募中のサンドボックス制度を解像度高く整理し②制度を“規制共創プラットフォーム”として使い倒した3つの実証プロジェクトを深掘ります。最終的に、ディープテック企業が「規制を動かす側」に回るための3つの戦略的思考を提示します。


世界のサンドボックス制度マップ2025 ― 日本・EU・英国の最新動向と比較

規制を事業戦略のレバーに転換するうえで最初に欠かせないのは、「どの制度で・いつ・どこまで実証できるのか」 を正確に把握することです。

制度ごとに、「申請タイミング(通年受付か年度単位か)」、「伴走してくれる規制当局のレイヤー(中央官庁か地方当局か)」、「記録された成果が“法律・ガイドライン・技術標準”のどの段階に反映され得るか」が大きく異なります。

ここからは 日本、欧州連合、英国 の3エリアに焦点を絞り、ディープテック領域で活用度の高いサンドボックス制度を整理していきます。

日本版サンドボックス「新技術等実証制度」

内閣官房 新しい資本主義実現本部事務局『規制のサンドボックス制度(新技術等実証制度)について』によると、同制度は2018年に創設され「まずやってみる」ことを許容するために、期間・参加者を限定し、既存の規制の適用を受けることなく、新しい技術・ビジネスモデルの迅速な実証を可能とするものと説明されています。

エントリーは通年受付で、大臣認定を受けた場合、実証に必要な期間(計画ごとに設定)に限り、関係規制の適用停止や緩和が可能です。認定された実証計画はオンラインで公開され、実証の結果、社会実装が見込まれる場合には、担当省庁が所管法令の見直しや改正を検討する仕組みも設けられています。モビリティ、ヘルスケア、ブロックチェーンなど幅広いテーマで活用されており、これまでに多数の案件が採択されています。

EUのブロックチェーン&AIサンドボックス

欧州委員会(DG CONNECT)が主導する「European Blockchain Regulatory Sandbox」は、2023年から2026年までの3年間で毎年20件、合計60件のプロジェクトを選定します。各プロジェクトは、EUまたは加盟国の規制当局と直接対話しながら、分散型台帳技術(DLT)を活用したデジタル・プロダクト・パスポート(DPP)、貿易金融、公共分野(GovTech)などのユースケースについて、法令適合性やリスク評価を受けます。実証で得られた知見は、EUのガイドラインや標準化文書の策定に活用されることが明記されています。

一方、2024年に成立したAI Actでは、第57条に「AI Regulatory Sandbox」の設置が規定されており、2025年下半期からは各加盟国に少なくとも1件のサンドボックス設置が義務付けられます。対象はAI ActのAnnex IIIで定義される「高リスクAI」(例:医療診断、重要インフラ制御、信用スコアリング等)です。参加企業は規制当局から安全性評価やデータ利用に関する指導を受けつつ、開発・実証を進めることができます。ここで得られた実証データや運用知見は、AI Act施行後の細則や実務ガイドラインに反映される予定です。

英国FCA「Supercharged Sandbox」2025

英国金融行動監視機構(FCA)は、これまで200社以上を支援してきた規制サンドボックスやデジタルサンドボックスの実績を踏まえ、AI分野に特化した新たな「Supercharged Sandbox」を2025年10月に開始すると発表しました。2025年6月9日のプレスリリースによれば、FCAは米NVIDIAと提携し、参加企業に対して先進的なAIインフラやツール、データアクセス、規制面でのサポートを一体的に提供します。

具体的には、NVIDIAのAI Enterpriseソフトウェアや高性能なGPUリソースをクラウド経由で利用できるほか、FCAが用意する高品質なデータセットへのアクセス、そして規制当局による専門的なガイダンスが受けられるとされています。これにより、金融サービス分野におけるAI活用のイノベーションを加速させることが期待されています。

プログラムは2025年10月から開始され、金融サービス分野のAIユースケースを持つ幅広い企業が対象です。実証の進捗や成果は、今後のAI規制やガイドラインの策定にも活用される予定であり、FCAは「過去のサンドボックスで実現した認可プロセスの効率化を、AI分野でも再現したい」としています。

制度の概要を把握しただけでは、まだ「自社の場合にどう活かせるのか」の実感は湧きにくいかもしれません。そこで次章では、スタートアップがサンドボックスを実際に使い、ルールメイカーと並走しながら市場を先取りした3つのプロジェクトを取り上げます。


規制を動かしたディープテック実証3選 ― 成功事例から学ぶサンドボックス活用術

LUUPが切り拓いた電動キックボード規制改革 ― 日本道路交通法の改正プロセス

2019年10月、電動キックボードや電動アシスト自転車のシェアリングサービス「LUUP」を運営するLuup株式会社は、新技術等実証制度の認定を受け、横浜国立大学キャンパス内での実証実験を実施しました。その後も、全国30カ所以上の私有地・公有地で実証を重ね、2020年には公道での実証実験も実施。2021年4月からは関係省庁主導のルール整備に向けた実証プロジェクトにも参加し、利用実態や安全性に関するデータを行政と共有してきました。

出典:株式会社Luup

こうしたLuupを含む事業者や業界団体による実証と政策提言の積み重ねが、電動キックボードなど新たなモビリティのためのルール整備を後押ししました。その結果、2022年に改正道路交通法が成立し、2023年7月1日から「特定小型原動機付自転車」区分が新設。最高速度20km/h・16歳以上は免許不要などの新ルールが適用され、LUUPは施行初日から新制度に準拠したサービスを全国で展開しています。

このプロセスは、実証実験を通じた社会課題の可視化と制度設計、そして法改正後の即時市場展開という、官民連携による新モビリティ普及の好循環を示すものとなりました。

IOTA StiftungのWeb3デジタルID実証 ― EUガイドライン共創の舞台裏

ドイツに本拠を置く非営利の財団IOTA Stiftungは2024年、欧州委員会が主導するEuropean Blockchain Regulatory Sandboxの第2期に選定されました[。このサンドボックスは、分散型台帳技術(DLT)を活用した先進的なユースケースを対象に、EU各国の規制当局と直接対話しながら、法的・技術的な課題を検証できる制度です。

IOTAが提出した「Web3 Identification Solution」は、分散型のKYC(本人確認)とデジタルID管理を実現するもので、ユーザーが自身の個人情報を安全かつプライバシーを保ったままWeb3サービス上で証明できる仕組みです。このソリューションは、IDnowによる本人確認、walt.idによるトークン化、Bloom Walletによる資格情報の保管、HAVNによるチェーン間通信など、複数のパートナーと連携して開発されています。

サンドボックス参加を通じて、IOTA StiftungはEU規制当局とKYCやプライバシー保護、AML(マネーロンダリング対策)規制への適合性などについて直接議論し、Web3時代のデジタルIDの在り方に関する規制づくりに貢献しています。IOTA財団はこの取り組みを「規制当局との対話による法的確実性の向上と、イノベーション推進の重要な一歩」と位置付けています。

このように、IOTA Stiftungはサンドボックス制度を活用し、規制当局と協働しながら自社の技術を検証・改善し、EU域内のデジタルIDやKYC規制の議論に実証データと現場知見を提供することで、規制設計に影響を与える好例となっています。

FCAサンドボックスが生んだMonzo/Revolutの成功

英国金融行動監視機構(FCA)は、2016年に世界初のレギュラトリー・サンドボックス制度を導入しました。この制度は、スタートアップを含む革新的な金融サービス事業者が、実際の顧客を対象に新サービスを限定的に提供しながら、規制当局と直接対話し、法令適合性や消費者保護のあり方を現場で検証できる仕組みです。

代表的な事例として、MonzoRevolutなどのフィンテック企業は、サンドボックス内でデジタルバンキングや決済サービスの実証を行い、AML(マネーロンダリング対策)や消費者保護策の実効性についてFCAと協議しました。これらの企業の実証データや現場知見は、FCAによる規制ガイダンスや認可プロセスの見直しに活用され、野村総合研究所によると、結果として認可取得までの期間が平均40%短縮されるなど、制度運用の柔軟化と迅速化につながったとされています。

FCAは、サンドボックスを通じて得られたスタートアップの知見をもとに、「革新的なサービスの市場投入までの時間短縮」や「消費者保護策の強化」「規制手続きの合理化」などを実現。スタートアップが実証を通じて規制作りに直接貢献した好例として、国際的にも高く評価されています。


規制を動かす3モデル ― データ実証・標準化・手続き共創

前章では、サンドボックスを活用し、ルールメイカーと並走しながら規制に影響を与えた3つの事例をたどってきました。いずれのプロジェクトも、制度の枠内で技術実証を行うだけでなく、得られた知見を規制の条文や審査プロセスに直接反映させている点が共通しています。最後に、3事例を横串で比較しながら「規制を動かす」ために機能した共通パターンを整理します。

データ実証型 ― 実測値を行政の指標へマッピングする方法

Luupの取り組みが教えてくれるのは、まず自社で取得したデータを「行政がそのまま意思決定に使える形」に訳して提示することの重要性です。転倒率や走行距離といった数値を政策検討会で用いられるフォーマットへ整形し、合同ワーキンググループの場でデータサイエンティストが数値の読み方まで伴走しました。

その結果、最高速度 20 km/h・16 歳以上免許不要といった条文上の条件が実証データに直結し、改正道路交通法の施行と同時に同社は新ルール準拠サービスを他社に先駆けて展開できました。行政語への翻訳を徹底すれば、規制は参入障壁ではなく先行者利益そのものへと変わります。

標準化・法的確実性担保型 ― 条文化で市場の信頼を勝ち取る

IOTA Stiftung は European Blockchain Regulatory Sandbox を活用し、分散型デジタル ID の技術仕様をまとめ、そのまま規制当局との協議資料としました。KYC や AML の要件を満たすデータ項目を整理し、ワークショップのたびに条文案を更新したことで、これらの成果はEUの規制議論や今後のガイドライン策定に向けた参考資料として活用されています。

技術文書を条文化のテンプレートへ昇格させることで、同社は法令成立前から「準拠ソリューション」として市場の信頼を得ました。条文化プロセスに肩を並べれば、標準化と市場投入を同時に進めることが可能になります。

手続き改革型 ― 認可プロセス共創で検証コストを削減

英国 FCA の 事例として、MonzoやRevolutなどのフィンテック企業が実証に参加し、FCAと協議に入り込んだ結果、認可プロセスが緩和され、認可取得期間を平均4割短縮しました。検証環境と審査フローを共創することで、規制緩和が成し遂げられました。


おわりに

本記事では、サンドボックス制度は“規制緩和ツール”に留まらず、ルールメイカーと共同開発するプラットフォームとなりうることを、世界各国の事例から示しました。実証で得た知見を行政の“言語”に翻訳し、標準仕様やガイドラインのドラフトにまで落とし込むことができれば、ケースによっては競争優位につながります。

本記事が、皆様のビジネスの構築にとってお役に立てれば幸いです。


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