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「ロシアが宇宙分野に強い」という話を耳にしたことがある人は多いと思います。
なぜそのようなイメージがあるのでしょうか?

実は今年2021年は、ソ連の宇宙飛行士ユーリー・ガガーリン(Юрий Гагарин)が有人飛行に成功してから60周年という記念の年です。
弊社でも、ロシア大使館と共催でガガーリンの写真展もやらせていただきました。
(記事はこちら

この記事では、ロシアが宇宙開発に強い秘密について探っていきたいと思います。

ソ連時代から宇宙へのアクセス網を確保・軍事的要因も絡む宇宙開発

ロシアが宇宙開発に本格的に乗り出したのは、主にソ連時代から。
軍事的な背景も相まって、宇宙輸送に力を入れてきたことで開発が進められました。

ロシアの宇宙ビジネスを支えたものは、①有人輸送②物資輸送です。

1つ目の有人輸送においては、「ソユーズ宇宙船(Союз)」が大活躍しました。

1967年に初めて打ち上げに成功した「ソユーズ宇宙船」は、1978年以降ロシア国外にも輸送枠を開放し、国際的な宇宙への有人輸送ニーズに応えてきました。2011年に米国スペースシャトルが退役すると、世界唯一の有人宇宙船として世界市場を独占しました。ロシアの宇宙産業において「ソユーズ宇宙船」の存在は大きく、特に米国への有人輸送サービスは主たる収入源となっていました。

2つ目の物資輸送においては、ロシア・エネルゴマシュ製のロケットエンジンRD-180を米国に輸出してきたことで、宇宙開発領域における貴重な収入源となりました。

出典: NASA Spacecraft.com

【ソ連期の有人・物質輸送の実績】
・2006年-2020年 「ソユーズ宇宙船」70席を39億米ドル(4247億円)で米国に提供
・2019年 4名の米国人宇宙飛行士を1億2900万米ドル(140.4億円)で輸送
・RD-180 1ユニット1500万米ドル(16.3億円)、合計116機分を米国に輸出

出典: lorian Vidal.(2021). “Russia’s Space Policy: The Path of Decline?”. Études de l’Ifri, Ifri.

一方で、ロシアが宇宙領域に強い別の理由として軍事的利用も挙げられます。
ソ連期よりロシアの宇宙開発は軍事的側面を強く帯びてきました。
現在も、宇宙開発はロシア国防省との合弁事業となっており、「国を挙げての事業」ともいえます。

日本で言うJAXAにあたる、ロシア国営宇宙開発公社Roscosmos(ロスコスモス)では、軍事系企業を所管しています。
またモスクワの北部800kmにあるアルハンゲリスク州・プレセツク宇宙基地は、軍事衛星・ミサイル打ち上げ専門の基地であり、一般人は入れない閉鎖都市となっています。2020年7月15日には軍事衛星コスモス2543を用いて、宇宙空間での人工衛星破壊技術の試験を実施・成功させています。

このように、ロシアは宇宙利用のハード・インフラ面に強みを持ち、長年宇宙開発市場を独占してきました。加えて、軍事的背景から宇宙開発は重要な国家プロジェクトとして力が注がれ、現在でも宇宙における国際的な覇権を積極的に搾取する姿勢を見せています。

世界初の宇宙飛行に成功し、宇宙開発に強いイメージを生成

少しビジネスから逸れますが、ロシアが宇宙開発に強いイメージは多数の宇宙開発における歴史的快挙とその後のマーケティングにもあります。

宇宙飛行プロジェクトはソ連政府の肝いり政策の一つでした。
第二次世界大戦後、米国とソ連の間でスパイやプロパガンダを通じた冷戦が始まり、スパイ・プロパガンダの技術発展につながるという側面から、宇宙開発が冷戦の焦点の一つになりました。

この宇宙開発競争において、ソ連は先手をとることに成功します。
1957年10月4日、世界で初めて人工衛星スプートニク1号を地球周回軌道に投入することに成功しました。
「アメリカが先に人工衛星を飛ばすことに成功するだろう」という国際的な評判を覆したスプートニクショックは、ソ連に技術的な自信を与え、アメリカを混乱に陥れました。
以来ソ連は宇宙開発に多大なリソースを割くことになります。

スプートニクショック以降、ソ連は宇宙開発において先手をとり続けます。
1960年9月18日、スプートニク5号で犬2匹(ベルカとストレルカ)を宇宙空間に送り、地球に帰還させることも成功させました。
そして1961年4月12日、ついにボストーク1号でユーリー・ガガーリン(Юрий Гагарин)を宇宙に送ることに成功するのです。

このガガーリンの宇宙飛行の成功は、世界にさらなるインパクトを与え、ソ連に絶対的な技術的自信を与えました。
その結果、ソ連は宇宙開発成功の功績を積極的に世界に発信するようになりました。
例えばガガーリンは「平和ミッション」と呼ばれる外遊政策に従事し、日本を含む約30か国を訪問しています。

このようにソ連政府の宇宙開発への集中投資と業績そしてマーケティング施策により、「ソ連・ロシアは宇宙開発に強い」というイメージを生成することに成功したのです。

ロシアの宇宙開発政策方針: 既存インフラのアップデート・新技術の開発

現在、ロシアは宇宙輸送ビジネスを拡張すべく、既存インフラのアップデートや新技術の開発を進めています。

2015年、60以上の宇宙関連企業を取りまとめる国家機関として、ロシア国営宇宙開発公社Roscosmosを創設し、宇宙開発における8つの注力分野を決定しました。

<8つの注力分野>
1)有人宇宙飛行、2)発射、3)無人宇宙船、4)ロケット推進機、5)軍事ミサイル、6)宇宙電子工学、 7)特殊宇宙軍事システム、8)飛行制御システム


出典: lorian Vidal.(2021).  “Russia’s Space Policy: The Path of Decline?”. Études de l’Ifri, Ifri.

また新しい宇宙基地として2つの発射台を備える(ヴォストーチュヌィ, Восточный)宇宙基地を建設しており、現在1つの発射台が稼働しています。
2016年には新型ロケットソユーズ2.1aロケットの打ち上げに成功しました。
2つ目の発射台は、今年2021年に完成予定です。

低軌道地球周回衛星の開発

新技術としては、「低軌道地球周回衛星の開発」を積極的に進めています。

この衛星は、主に①観測②通信③測位を目的としています。

観測衛星は2025年までに現在の8機から25機に増強され、商用解放も見据えています。
通信衛星は2030年までに46機が配備される計画です。
測位衛星はGLONASS計画(ロシア航空宇宙軍の測位衛星システム)と連動しており、2012年-2020年にかけて増強されてきました。

新しいロケットの開発

また、新しいロケットの開発も盛んです。
現在、ソユーズ2(Союз2 低軌道用ロケット)、アンガラロケット(Ангара ракета 新型ロケット・ソユーズやプロトンの後継機候補)、ソユーズ5,6(Союз5,6 新型超重量級ロケット・ゼニット2,プロトンMの後継機候補)、アムールロケット(Амур ракета 再使用可能なメタンロケット)の開発を進めています。

ソユーズ2
出典: Spaceflight Insider
ソユーズ5
出典: Русский Топ
アンガラロケット
出典: ОМСК3000
アムールロケット
出典: Shazoo

このような宇宙産業のアップデートに向けて、ロシアでは積極的な基金創設とスタートアップ集積が進められています。
2016年には宇宙開発の10か年プロジェクトFKP-2025(Federal cosmic programme)が採択され、総額1兆4000億露ルーブルに及ぶ基金が創設されました。
またモスクワ郊外にスタートアップ集積地スコルコヴォを建設し、国家プロジェクトとして宇宙開発領域におけるイノベーションを推進しています。

一方で、最近では国際協力・関係強化も積極的に推進しています。
例えば中国とは、軍事的な側面で戦略パートナーシップを結び「対ミサイル早期警戒システム(BMEWS)」を開発する他、科学技術の側面でもRoscosmosと中国国家航天局CNSAが6つの分野において共同研究を進めるプロジェクトが2018-2022年の5年間で進められています。
さらに、現在進行中の米国主導の月面基地建設計画「アルテミス計画」に対抗すべく、ロシア・中国合弁で月面基地を建設する計画を打ち出し、実現に向けて調整を進めています。

他にもEUとは、2013年3月に旧Roscosmos※と欧州宇宙機関ESAの間で火星探査プロジェクトExoMarsを共同で進めることで合意しました。
ExoMarsにおいては2度に分けて火星探査ロボットを打ち上げることが規定され、1回目は2016年にロシア製ロケット「プロトンM」を用いてバイコヌール宇宙基地より打ち上げられました。
2回目も同様の計画で、2022年を予定しています。

※ロスコスモス社の形態となったのは2015年からであり、元々はロシアの宇宙科学、航空工学などを担当していた宇宙開発機関のロシア連邦宇宙局(通称は同じくロスコスモス)と、ロシアの民間宇宙企業を統合して設立された国営企業統一ロケット・宇宙会社 (ORKK) に端を発している。
ここでの旧ロスコスモスとは、この2015年以前の形態のこと。

現在抱えている課題 : 国内インフラの低生産性、経済問題、外交問題

順調に見えるロシアの宇宙開発ですが、裏では大きく分けて3つの構造的な課題があります。

国内インフラの低生産性

まず、国内インフラの低生産性です。中でも最大の課題は宇宙関連設備の分散配置です。
先程も述べた通り、ロシアの宇宙開発は軍事的な側面を持っています。
そのためソ連期より安全保障の観点から宇宙関連施設は広い国土に分散して配置されてきました。
現在ではこれが仇となり、生産性を押し下げています。
また90%の宇宙関連インフラが製造から20年以上経過するなど、老朽化が生じています。

経済問題

続いて経済的不安定性です。
実はロシア国内では宇宙利用の需要が少ないため、ロシアの宇宙開発は公的資金に大きく依存しています。
一方でその母体となるロシア経済は天然資源輸出に大きく依存しているため、非常に不安定です。
結果、ロシア経済の不安定性が宇宙開発にダイレクトに響いてしまう構造になっています。
そのため後述する2014年以来の経済制裁や資源価格の低下の影響を受けて、宇宙開発にかかる公的資金がカットされる事態が続いています。

外交問題

最後にロシアの外交問題です。
そもそもロシアは宇宙開発を外交カードとして持っています。
そのため宇宙開発は各国の対ロシア外交のアジェンダに乗ってきます。
その中で例えば米国は宇宙輸送における脱ロシア化を画策し、民間企業のロケット開発を支援してきました。2020年のスペースX社によるクルードラゴン打ち上げ成功はその政策の結晶と言えます。
その結果ロシアは宇宙輸送での市場独占の地位を失い、スペースX社やブルーオリジン社を追いかける立場に転落しました。
また対ヨーロッパ外交においては2014年のクリミア半島併合以来、EUによる経済制裁が課されています。ロシアの主要輸出先たるEUの制裁がロシア国内に与える影響は小さくなくロシアの宇宙開発にも大きな影響を与えます。
また同時に開発連携に欠かせない両者間の信頼性を著しく失っています。

まとめると、ロシアではかつての宇宙輸送における市場独占状態が仇となって、「成長の停滞」と「外国との競争」を引き起こし成長の足かせになっていると言えます。

成長を続けるロシアの宇宙系企業・スタートアップ

最後に、現在も成長を続けるロシアの宇宙関連の企業・スタートアップをご紹介します。

ガスプロムスペースシステム

ガスプロム傘下の人工衛星運用企業。
人工衛星運用ではロシア最大・世界トップ50の規模を誇る。

同社の人工衛星はロシア・CIS加盟国・ヨーロッパ・中東・アフリカ・東南アジア・環太平洋地域をカバーする他、顧客には政府機関、放送会社、ロシア国内外の企業を抱える。
なお現在、長期プロジェクトとして
・ヤマル通信衛星システムの改良
・航空宇宙監視システム『SMOTR』の開発
・人工衛星組み立て施設ASTの建設
を進行中。

▼日本企業との連携事例▼
・株式会社アクセルスペース 地球観測データの有効活用・普及に向けた連携
・NEC 北極圏のシベリアの天然ガス田の観測 

SCANEX

ロシアの地球観測を牽引する企業。
地球観測画像のデータ受信・処理や衛星データへのリアルタイムアクセス技術の開発を手掛ける。
リモートセンシング技術においてDigitalGlobe(米国)・(一財)リモート・センシング技術センター(日本)・エアバス・ディフェンス・アンド・スペース(フランス)・ImageSatInternational(イスラエル)などと提携する。

顧客には政府機関、ヤンデックス・ガスプロムをはじめとする国内大手企業、ロシア主要大学・研究機関を抱える。

▼日本企業との連携事例▼
(⼀社)ロシア NIS 貿易会 子会社ScanEx KOSMOSNIMKI(宇宙技術を基盤にしたWeb-GISプラットフォーム) が日ロピッチセッションCEATEC2019に参加

S7 Space

ゼニット型ロケットの打ち上げを行う企業。
2018年4月に海上打ち上げ企業シーローンチを買収し、海上・陸上からゼニット型ロケットを打ち上げる。
またロケット開発に関わるR&Dセンターも運営する。
2018年12月25日には民間宇宙ステーション・有人火星探査基地の建設を示唆した。

●その他話題となっているロシア企業
StartRocket社

小型人工衛星を用いた宇宙広告ビジネスを提唱、現在はスペースデブリ除去に主軸をシフト

Kosmokurs社

宇宙旅行サービスを提唱(ロシア語のみ)

いかがでしたでしょうか?
ロシアが宇宙開発に強いのは、「ソ連時代から開発の環境が整えられてきた」「国家を挙げて予算を確保している」ということが主な理由でした。
ソ連時代から続くロシアの宇宙開発。
スタートアップも出てきているので、今後も目が離せないですね!

投稿者:穗原 充
東京大学大学院 総合文化研究科地域文化研究 専攻ロシア・東欧研究地域
大学でロシアの都市研究を行う。
同時にスタートアップの人材支援領域で約3年間長期インターンとして働く。
現在はロシアの宇宙開発、都市インフラを中心にリサーチ中。
好きなロシア料理はセリョードチカ(ニシンの塩漬け)のサラダ。

RouteX Inc.では毎年ロシアのスタートアップ・エコシステムの現地調査を行っており、首都モスクワ近郊に政府主導で開発が進むイノベーション都市スコルコボを中心としたスタートアップとの連携の強化に動いております。今後はモスクワやスコルコボだけでなく、ロシアの他の都市へのリサーチへと活動も広げていく予定にしております。
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